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2018-08-09 16:40
交通インフラ偏重の危うい「一帯一路構想」
倉西 雅子
政治学者
中国が国家戦略として「一帯一路構想」を打ち出し、多くの諸国がこの構想に靡くかのようにAIIBに参加した理由の一つには、アジアにおける旺盛なインフラ需要があります。アジア開発銀行の報告書に依れば、2016年から2030年までの間に3000兆円にも上る需要があるとされ、この数字を見れば、誰もがインフラ投資に期待を寄せることでしょう。中国が「一帯一路構想」においてとりわけ力を入れているのが、広域的な交通インフラの整備です。同構想に依れば、”全ての道は北京に通ず”と言わんばかりに、出発点を中国として放射状に延びるネットワークの最西端はイギリスに達しているのです。言い換えますと、インフラ需要への対応を目的として掲げつつも、「一帯一路構想」というネーミングが端的に示すように、中国の目的は、自国中心の広域的交通ネットワークを国境を越えて建設することにあるのです。ところが、広域的交通インフラの整備がもたらす経済効果については、幾つかの疑問点があります。
第1の疑問点は、インフラ建設による輸送コストの削減におる経済効果は、限られている可能性があることです。例えば、日本通運も中国鉄道経由で日欧間の貨物を輸送するサービスを始めており、物流費が航空便の半分に減る一方で、船便よりも短時間での輸送が可能となるそうです。しかしながら、このサービス、コスト面でも輸送速度面でも中途半端であり、同サービスの利用が日欧間の主流輸送手段となるとは思えません。陸路による輸送は、たとえ将来的にハイパーループのような超高速輸送が実現したとしても、選択肢の一つでしかないのです。あるいは、中国はおよそ全ての交通網の経営権を掌握し、中国鉄道網として独占するつもりなのでしょうか。
第2に、国内の交通インフラの整備とは違い、「一帯一路構想」では国境を越えて諸国が交通網で繋がることを前提としていますので、”素通り”となる国が出現するのも問題点の一つです。上述した日欧間の陸運も東西の先進国間を繋いでおり、沿線上に位置する途上国に経済的な恩恵が及ぶわけではありません。第3の疑問点は、「一帯一路構想」の完成予想図に沿って事業が断片的に行われるため、採算性の合わないプロジェクトに巨額の投資が行われている点です。モンテネグロでは、中国からの巨額融資の下で「行き先のない高速道路」が建設中であり、完成後の採算割れの懸念と共に、巨額の対中債務が問題視されています。こうした事例はモンテネグロに限ったことではなく、「一帯一路構想」に呼応した故に、対中債務の膨張に苦しむ国が増えているのです。
そして、第4点として挙げられるのは、交通インフラ建設が現地諸国の産業の発展に寄与する可能性が低いことです。中国では、現在、生産過剰の状態にあるとともに、雇用状況が良好と言うわけでもなく、中国系企業が率先して現地に製造拠点を移すとは思えません(一方、中国に製造業拠点を有する非中国系企業は移転を進めるかもしれない…)。とりわけ、米中貿易戦争は、輸出産業に打撃を与えますし、極めて野心的な習政権の産業戦略である「中国製造2025年」の方針からしても、むしろ、自国製品の販路として「一帯一路構想」の沿線国を利用することでしょう。
以上に主要な疑問点を挙げてきましたが、経済的側面からしますと、「一帯一路構想」のメリットは限られており、発案者である中国の利益さえ不透明であるとしますと、同構想は、地経学的に見て、やはり政治的な手段であるとする疑いが濃厚となります。日本国政府も、ポンペオ国務長官が明らかにした米ファンドに協力する方針を示しておりますが、交通インフラ整備に偏重することなく、融資を受ける諸国の国民生活のレベル向上や産業の育成に資し、その恩恵が広く現地の人々にも行き渡るよう、他分野にわたるきめ細かな、かつ、バランスのとれたインフラ整備を目指すべきではないかと思うのです。
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