7月31日のグローバル・フォーラム主催の「世界との対話:地経学から見る21世紀の世界と日本」に於いてBlackwill大使の講演を拝聴し、その著書"War by Other Means"を拝読した。その中で大使は”20 Policy Prescriptions”を提言しておられるが、中でも”Pass TPP Round 1”及び “Construct a geoeconomic policy to deal with China over the long term.”に大いに共感を覚える。鄧小平による「社会主義市場経済」の導入、並びにそれを継承した江沢民/胡錦涛による部分的自由化/民主化が中国の今日の経済発展をもたらしたものであるが、習近平は「中国の夢:中華民族の偉大なる復興」を掲げてナショナリズムを煽り権力を自らに集中し、毛沢東時代の「個人崇拝による一強体制」への回帰を図ろうとしていることに強い危惧を覚える。
リーマンショックの翌年に導入した4兆元の経済対策は、国有企業の過剰投資、過剰能力、過剰生産、並びに財務諸表に計上されない債務保証やシャドーバンキングを含む巨額の借入を招いた。通常の市場経済であればかかる企業はリストラ、乃至は倒産することにより淘汰されるが、習近平は”too big to fail”を狙い国有企業の合併を促進し状況を深刻化させた。昨年秋の共産党大会後、一旦は金融引き締めを図ったが、米国との貿易戦争に陥り再び経済刺激策を導入したことは、中長期的には更に事態を悪化させ、「市場経済と独裁体制の根本的な矛盾」を拡大させることになる。対外的には「一帯一路」等を通じて「中国モデル」(独裁体制下での経済発展)を世界の新興国に輸出し中国の影響力拡大を図り、米国を中心とした自由主義経済のファンダメンタルズである自由、民主主義、法の支配に対する「ゲームチェンジャー」たらんとしている。かかる中国の進出は19世紀型帝国主義とは異なり、主に経済的影響力拡大を図ることにより新興国を”Debt Trap”等に陥らせ、事実上中国の支配下に置こうとするものである。これに対しハンバントタ港の99年使用権を中国に奪われたスリランカをはじめとしてラオス、カンボジアなど元々「親中」であった「受恵国」からも反発が出始め、欧州各国からも懸念が表明され始めている。
我が国は「国際輸出管理レジーム」の一員として「外国為替及び外国貿易法」に基き、軍事転用可能な貨物及び技術の輸出に関し輸出管理を実施している。「国際輸出管理レジーム」の一つである「ワッセナー・アレンジメント」は、冷戦終結に伴いココムが解消され、その参加国を中心に全ての国家、地域、非国家主体を対象に、兵器並びに機微な製品の輸出及び技術移転に関する管理を実施するものであるが、今後より一層その管理を強めていくことが肝要である。その主要メンバーである米国のIT産業が挙って中国に進出し、又、我が国企業の中にも中国の会社とのAIの共同開発を検討しているところもある。ITにおいては軍事用と民生用の区別が極めて困難であることから、中国への無用の技術流出を防ぐため自由主義世界を中心としたITに関する世界規模でのルール作りが急務である。一方、米国では既に対米外国投資委員会(CFIUS)による企業審査を厳格化する「外国投資リスク審査近代化法」が与野党の圧倒的多数で可決され、中国の対米直接投資が大幅に制限されることになったが、我が国でも同様に審査の厳格化が急務である。7月に米国では億万長者で米国の選挙に大きな影響力を持つ Charles Kochが記者会見を開き、”any protectionism at any level is very detrimental”、”planning a multi-year, multi-million-dollar campaign to promote free trade and oppose Trump’s moves to impose tariffs”と述べたことが注目される。