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2019-01-28 04:22
対立と分断を超えて:初の女性大統領誕生なるか
小野寺 栄
松下政経塾 第37期生(米国連邦議会 フェロー)
昨年11月に行われた米・中間選挙で民主党が下院の多数党を奪還したことは記憶に新しい。極端な保守政策を強行するトランプ政権への反発から民主党内左派が議席を伸ばしたことに加え、女性候補の大躍進が今回の勝利の原動力となった。1月3日(米現地時間)に召集された第116回議会ではナンシー・ペロシ氏(カリフォルニア州 第8区選出)が大統領継承順位第2位となる下院議長に就任するなど、「女性と政治」の時代が再び幕を開けようとしている。2018年の中間選挙では両院合わせて127議席を女性議員が獲得し、史上最多を占める結果となった。うち初当選は上院4名、下院が35名とその数の多さもさることながら、注目すべきはその顔ぶれだ。史上初となるムスリム系議員やアメリカ先住民議員などマイノリティ候補が相次いで当選し、深刻な分断社会にありながらもアメリカの多様性を感じさせる結果となった。加えて、初当選した女性議員の多くが1980年代以降に誕生したミレニアル世代であることも特筆すべき点だろう。
「多様性×ミレニアル世代」というトレンドを象徴する女性議員としてよく取り上げられるのが、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏(ニューヨーク州第14区選出)だ。史上最年少議員となる29歳の彼女は、自らを「民主社会主義者」と名乗る民主党きっての左派で、ヒスパニック系の家に生まれ、大学の奨学金を返済するためにウエイターをしていたという。旧来の政治家とは一風変わった経歴の持ち主である。一般的に思い浮かべられるアメリカの女性政治家像といえば、2016年の大統領選で敗北したヒラリー・クリントン氏に代表される「全米でもほんの一握りのエリート女性」ではないだろうか。白人、ハーバード卒、弁護士など、たしかにこのように男性議員に引けをとらない華麗なバックグラウンドを持つ女性議員は依然として多い。しかし、今回の選挙結果は、旧来の女性議員ひいては「政治家像」をも覆し、開かれた多様な候補者の可能性を示すこととなった。裏を返せば、国民の多くが自分と候補者を重ね合わせ、近い感覚を持つ政治家を求めているということの証左であろう。と同時に、いわゆるエリート的経歴が政治家としての資質、信用を担保するものとしてもはや機能せず、代わりにその候補者の持つ原体験やバックグラウンドから形成される理念や生き様から来る、生臭い主張に国民は共感を覚え、支持する傾向にあると筆者は考える。
1月21日、筆者がワシントンD.C.の街中で目の当たりにしたのは思い思いの(時に過激な)言葉をプラカードにしたため、デモ行進するおびただしい数の女性たちの姿である。一昨年1月のトランプ就任式に合わせて行われた「Women’s March」は今年で三度目の開催となる。大統領就任前から女性蔑視発言を繰り返してきたトランプ氏に対し女性の権利の主張を繰り広げる場としてワシントンD.C.で始まったこのデモは収束するどころかSNSでの拡散や影響力あるセレブリティ達の参加も手伝って今や全米にその広がりを見せている。特徴的だったのは女性中心のデモでありながらも人工中絶や子育て環境の充実などいわゆる従来の「女性の権利」を主張する者はむしろ少なく、昨今の移民政策や国境の壁建設を巡る政府機関閉鎖といった「トランプ氏の失策」を嘆く主張が多く見られたことだ。トランプ氏の差別的言動は、女性たちの怒りを刺激し、女性の政治的関心の矛先を「女性の権利」だけでなく、「トランプ氏が関与する政策全般」にシフトさせてきたと言っても過言ではない。そういった女性たちの中から、私憤を公憤に変え、批判するだけでなく自らの手でトランプを正し、自分なりのビジョンを描いて政治を変えようと立候補する者、また投票行動を通じて同じ政策理念を共有する女性候補に思いを託す者が数多く出てきたことが今回の女性議員大量当選という歴史的選挙の背景にある。
女性で政治を志す者が増えたからといって、先立つものがなくては何も始まらない。いわゆる、「地盤・看板・カバン」を持たざる者が苦戦を強いられるどころか、土俵に立つことすらできないのはアメリカも同様だ。世界の民主主義をリードしてきたかのように見えるアメリカだが欧州各国が採用しているクォーター制がなく、女性の政治進出について進んでいるとは言えないのが現状だ。列国議会同盟(IPU)によると、女性議員が大躍進した先の中間選挙の後でさえ下院における女性比率は19.6%で、世界193ヵ国中、第103位に留まる。女性候補者への制度的後押しがないアメリカでは、民間団体や大学などの教育機関が大きな役割を果たしてきた。中でも一際存在感を放つのが、民主党系支持組織の「EMILY’s List」だ。人工中絶擁護のプロチョイスの立場をとる女性議員を増やすための団体で、全米から志願者を募集し、これぞと思う女性をリクルーティング、資金提供をはじめ当選に必要なユニークなトレーニングを提供している。昨年の中間選挙においては、全米から76人の女性推薦候補を選び、ファンドレイジングからメディア広報、事務所の運営に至るまで選挙戦略に関するノウハウを授けた。いわゆるエリート的出自ではなく、かつ地盤・看板・カバンを持たない若い女性候補でも、政策ビジョンと理念を共有していれば、このような民間団体が支持母体として彼女たちの思いの受け皿となり立候補から当選までサポートをしてくれるのである。中間選挙での下院勝利もつかの間、既に民主党内では2020年大統領選挙を見据えた動きが始まっている。ロシア疑惑をはじめとするスキャンダルの追及や政府機関の封鎖の長期化でトランプ政権を追い込み、有利な体制のまま大統領選へと突入するというのが民主党のシナリオだが、依然として保守地域をはじめトランプ氏への支持基盤は根強い。加えて、民主党内でも主流派と左派とで分裂が起こっており、候補者を一本化し、政権奪還に向けて一丸となるような目途は未だ立っていない。BALLOTPEDIAによると、党内で既に立候補を宣言しているのは以下のとおりである。(1月23日現在)
・Pete Buttigieg氏(イリノイ州サウスベンド市長)
・Julian Castro氏(前元アメリカ合衆国住宅都市開発長官、現テキサス州サンアントニオ市長)
・John Delaney氏(前下院議員)
・Tulsi Gabbard氏 ★(下院議員)
・Kirsten Gillibrand氏 ★(上院議員)
・Kamala Harris氏 ★(上院議員)
・Richard Ojeda氏(ウエストバージニア州上院議員)
・Elizabeth Warren氏 ★(上院議員)
・Andrew Yang氏(会社経営)
前回の大統領選での最終立候補者表明者が両党合わせて26名であったことを考えれば、今後、更に名乗りを上げる候補者が出てくることが予想される。現時点での表明者は10名、うち4名が女性である。(★印が女性候補者)トランプ政権の誕生以降、これまでにないほど分断されたアメリカ社会の行く末に不安を覚える人も少なくない。「誰がmiddle(中間)の意見を吸い上げてくれるのか」、「異なる意見に聞く耳を持たず、極端な意見がさらにまた過激な極端さを生む。負のスパイラルに突入して出口はまだない。」筆者の周りのアメリカ人からはこのような痛切な声が聞こえてくる。今アメリカ社会に求められるのは、対立ではなく対話であり、分断ではなく架け橋である。綺麗事に聞こえるかもしれないが、そう言わざるを得ない現実がある。上下院の多数党が異なるねじれ議会では通常、重要法案や予算を可決するため、他党であっても個人として賛成票を投じる交差投票(クロスボーディング)が主流であったが、このような深刻な分断が続く状況下においてはそれすら難しく、国民生活にとって必要不可欠な法案が通らない可能性も出てくる。そこで求められるリーダー像とは、対立と分断を煽り、イデオロギーの対立で支持を取り付けるのでなく、与野党の垣根を超え受け入れられる価値観と政策理念を掲げ、対話を怠らず、双方を包み込む架け橋となれるような「ビジョンオリエンテッド」なリーダーではないだろうか。2019年はアメリカで初めて女性に参政権が付与されてから100年となる。この記念すべき年に、今回の中間選挙での躍進を原動力に、ビジョンとリーダーシップを兼ね備えた女性候補が現れたとき、あのヒラリー・クリントン氏でさえ敵わなかった「ガラスの天井」が突き破られる日は近いかもしれない。
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