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2019-04-07 09:40
日露平和条約交渉を振り返る
松井 啓
時事評論家、初代駐カザフスタン大使
本投稿において、これまでの日露交渉を振り返りつつ、今後の日露関係の展望などについて言及したい。2016年12月安倍首相とプーチン大統領は山口県の「山荘会談」で両国間の平和交渉を本格化させることで合意し、極東開発および双方の法的立場を損なわない特別な枠組による4島の経済協力を進めることとなったが、いまだ具体的な進展はない。2018年9月の「第4回東方経済フォーラム」の公開の席上でプーチン大統領は「何らの前提条件なしに平和条約締結交渉を始める」ことを提案し、同年11月14日の「APEC会議」の際での両首脳会談で、1956年の「日ソ共同宣言」を基礎に平和交渉を活性化(注:露語では加速化ではない)させることで合意した。これにより60年以上紆余曲折した交渉は振り出しに戻ったことになる。また、本年3月14日、プーチン大統領はモスクワでのロシア財界の会合に出席した際に、平和条約交渉についての質問に対して、交渉は中断してはならないが「一息入れる必要がある」と述べた旨報道がなされた。さらに、3月27日には、ガルージン駐日露大使は講演で、1956年の日ソ共同宣言に基づき、まず平和条約を締結し、日本は第2次世界大戦の結果を承認すべきで、日米同盟に起因する安全保障上の懸念を解消することを求め、さらに学校の教科書に北方領土を日本固有の領土と記すことに異論を唱えた由である。
ロシアはミサイルや宇宙等軍備面でも強硬に出てくる米国への対応、EUの緩み、NATOの揺らぎ、ウクライナ大統領選挙、シリア、イスラエル、パレスチナ等中東問題、ヴェネズエラ情勢への介入、中国の急速な強大化、朝鮮半島の不安定化、国内経済の低迷、自己への支持率低下など多くの焦眉の問題を抱えているため、日本との平和条約締結の優先度は著しく低くなっている。冷徹なプーチン大統領が一息つきたいのは本音であろう。そこで、教科書の記述に文句を付けたり、日本が到底飲めないような日米同盟解消を出して時間稼ぎをして交渉が進展しない日本のせいだとしたいのであろう。このようにロシアに本腰を入れて交渉する気がなく、自ら動かずとも日本が焦れて歩み寄ると読んでいれば、日本から一方的に働きかけても徒労に終わるか、自ら期限設定などすれば不利な立場に陥る。個人的に親密な関係と国際政治の国益問題は別物である。好意、善意を示せば相手は応えてくれると期待してはならない。交渉を少しでも進展させようと譲歩をほのめかせばさらに強硬に打って出てくる恐れすらある。
戦後73年間平和条約がない「異常な状態」であっても両国経済・外交関係は戦争状態にはなく通常の二国間関係を維持している。北方領土は消失してしまうものではなく、日ソ共同宣言は主権国家間の有効な外交文書であり続ける。現在中途半端な妥協をして平和条約を締結して百年の禍根を残すべきではない。日本は米中露という三大国の狭間にあり、三国間の力のバランスを巧妙にとっていく必要がある。国際情勢が流動化し、今後の見通しが不透明となってきている現在、この問題を焦って解決すべき必要性はない。大局的長期的見地からの日本の国益を見極める必要がある。
こうした中、今、問われているのは、発想の転換である。領土問題(国境問題)が未解決のまま通常の外交、経済貿易関係を維持している例は世界に多々ある。日本は1970年代石油や森林、港湾建設等シベリア、極東開発で協力した実績がある。経済貿易関係と条約交渉は切り離し、日本にとって、経済的に有利な取引があれば積極的に協力してはどうか。日露間に経済的にウィンウィンの関係が進むのであれば、プーチン大統領は急激に膨張する中国に対抗する見地からも、シベリアや極東地域の経済活性化を図りたいところであろう。他方、ロシアにとっては古傷である領土問題が存在していることを日本は要所要所で指摘していくことを忘れてはならない。
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