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2019-06-28 10:25
ASEAN「インド太平洋」に活路
鍋嶋 敬三
評論家
東南アジア諸国連合(ASEAN)が6月23日、タイの首都バンコクで開いた加盟10カ国首脳会議で独自の「インド太平洋構想」(ASEAN Outlook on the Indo-Pacific)を採択した。中国との領有権紛争の場となった南シナ海を大きく超えて、インド洋から太平洋にまたがる広大な地域を対象に据えた戦略構想はASEANとして初めてである。「構想」の中で、アジア太平洋とインド洋地域は「世界で最もダイナミック」で世界の成長センターでもある故に、「地政学的、戦略的変化が続いている」との認識を示した。このためASEANは地域協力の「中心的役割」を続け、利害が対立する戦略的環境の中で「誠実な仲介役」としての役割を果たす必要があると宣言した。
背景にあるのは、アジア太平洋を舞台にした米中の確執ー貿易摩擦を軸とする覇権争いの激化である。米中両国とも経済的に最も関係が深いASEANにとっては、どちらにつくかの選択肢はあり得ない。米国、中国とも距離感を維持しつつ、なおかつ地域統合機構としての一体性を維持しなければならないのだ。南シナ海問題は中国による軍事拠点化の脅威、漁業権益の侵害などの紛争が長引く。ASEANは地理的にフィリピン、インドネシアなど海洋国家と、中国と国境を接するインドシナ半島やミャンマーなど大陸国家で構成されるが、それぞれ利害が異なる。ベトナムやフィリピンなど南シナ海沿岸の中国との紛争当事国4ヶ国に対して、カンボジアやラオスなど大陸の中国支持国が対立して、南シナ海問題で再三、共同声明が出せないなどの亀裂が強まっていた。米中対立が激化する中でASEANの結束を固める必要が出てきたのである。
南シナ海問題は2016年7月12日、ハーグの常設仲裁裁判所の判決で中国の主権の主張が否定され、判決に拘束される立場にある中国は「紙くずだ」とこれを完全に無視した。その後も岩礁の埋め立てで人口島を造成、その上に滑走路、格納庫、レーダー設備の建設など軍事化を着々と進め実効支配を固めた。安倍晋三首相が提唱し、トランプ米大統領が乗った「インド太平洋構想」についてインド、オーストラリアの地域国のほか歴史的に地域と関係の深い英国やフランスなど欧州国も合流してきた。トランプ政権は南シナ海での「航行、飛行の自由作戦」を強化し、貿易摩擦とともに中国との軍事的緊張も強まっている。地域の「主」であるASEANがこのままでは地域の安全保障、経済協力が米中の覇権争いに埋没すると不安を強めたのは無理もない。ASEANの「インド太平洋構想」は存在維持のための活路を開く意味があった。
ASEAN首脳会議の議長声明は南シナ海情勢について、「地域の平和と安定を損ない、緊張を高める埋め立てなどにいくつかの国の懸念に留意」を明記した。議長国タイの原案になかった「懸念」が復活したのはベトナムやシンガポールの主張の反映と見られている。また「国連海洋法条約(UNCLOS)など国際法に則って紛争を平和的解決」「非軍事化と自制」も呼び掛けた。判決無視を押し通す中国や、米中対立の深刻化への警戒感が強いことを示すものだ。「構想」の公式文書では南シナ海を含む「アジア太平洋とインド洋におけるASEAN 関与の指針」と定義されている。バンコク・ポスト紙の著名なコラムニストであるカビ・チョンキッタボーン氏はこの構想について「ASEANが強力であるほど、地域における覇権勢力の強大化を防ぐことになる」と論じた。その通りである。ただ、そうなるためには議長国が毎年交代するたびに共同声明に中国への「懸念」が出たり入ったりする現状から脱し、右顧左眄(うこさべん)しない強力な指導力が発揮される「統一体」としての組織をASEANが確立できるかどうかにかかっている。
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