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2020-06-09 21:02
無策外交がもたらした横田滋さん無念の逝去
伊藤 洋
山梨大学名誉教授
北朝鮮拉致被害者全国協議会の初代会長を長くつとめていた横田滋さんが6月6日亡くなったという。半生を拉致被害者救出に捧げ、その効むなしく終えた無念はいかばかりであったろうか。こころからお悔やみを申し上げたい。
「越後の春日を経て今津へ出る道を、珍らしい旅人の一群れが歩いている」。森鴎外作「山椒大夫」の書き出しだ。この人さらいの話も今の新潟県であった。物語の主人公安寿と厨子王姉弟をさらっていった悪人が題名の「山椒大夫」であった。北朝鮮拉致費事件での「山椒大夫」は言うまでもなく金日成・金正日親子。許し難き悪党である。いくら憎んでも憎みきれない大罪悪人。これに対してきた安倍首相は、日本政府を代表して訃報に接して 「滋さんが早紀江さんと共にその手でめぐみさんを抱きしめることができる日が来るようにという思いで今日まで全力を尽くしてきたが、そのことを首相としてもいまだに実現できなかったこと、断腸の思いであるし、本当に申し訳ない思いでいっぱいだ。なんとかめぐみさんはじめ拉致被害者のふるさとへの帰還、帰国を実現するために、あらゆるチャンスを逃すことなく果断に行動していかなければならないという思いを新たにしている。改めて、滋さんのご冥福を心からお祈り申し上げる」(2020/06/05時事)と述べたという。美辞と麗句を散りばめた心の通わぬ言辞である。
安倍氏は小泉訪朝団の一員として平壌に同行し、これが彼の政治活動の出発点となった。爾来、北朝鮮政権に対して超強硬姿勢を「採る」ことで国民的人気と支持を獲得してきた。そして、それ故に当の北朝鮮からは反発と無視を呼び込む結果となって外交経路をすべて遮断され、拉致被害者家族の高まる期待に応えることは不可能となった。その後、トランプ大統領の根拠判然としない北朝鮮融和政策によって米朝接近が伝えられると専ら親トランプを誇示せんとてか、横田さん夫妻ら被害者家族会の幹部の皆さんをワシントンに引率する形で「やってる風」を誇示して見せた。この姿勢は、金正恩労働党委員長からは、今や自分がサシで対している米大統領という「相棒」に額ずく「小者」と見えたことであろう。結果、この間、完璧な無視をもって応接されてしまい、関係ご家族の皆さんの「命の時間」という貴重な物理量が奪われてしまったのである。横田滋さんの死は、こういう益無き空疎な時間の経過の中でこらえきれずにやってきたものであると見るのが妥当であろう。
拉致被害者の一人蓮池薫さんは日本政府に対して新聞で「(日本政府には)『情勢の成り行きのなかで解決できればいいという考え方を変えて、直接解決に向かう大胆な方策を、リスクを負ってでも実践していく姿勢を見せていただきたい』と訴えた」(2020/06/06毎日新聞)と述べたという。いかにも政府を「忖度」した発言ではあるが、心中穏やかでない気持ちが行間から滲み出ていることもまた確かだ。
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