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2020-11-09 11:07
米国の政権交代と国際国家・日本の責任
鍋嶋 敬三
評論家
熾烈な争いの結果、米大統領選挙は民主党のジョー・バイデン氏が7日夜(日本時間8日午前)勝利を宣言した。特別な異変がない限り同氏は2021年1月20日に78歳と米史上最高齢の第46代大統領に就任する。勝利宣言でバイデン氏は「分裂ではなく結束を目指す」と国民の融和を訴え、「世界で再び尊敬される」アメリカを目指すと語った。この発言こそ混迷する米国の姿を生き写しにしたものだ。ドナルド・トランプ政権下で顕著になった政治的、社会的分裂で深く傷ついた国民の心を癒やすことができるのか。米国を軸とするリベラルな国際秩序を回復することができるのか。バイデン政権に課せられる問題は深刻である。議会選挙結果が確定していないが、多数派が上院(共和党)、下院(民主党)で異なる「ねじれ」が続けば、超党派の合意を実現できるかが最大の課題である。新政権の前には新型コロナウイルス禍で落ち込んだ経済、雇用問題が立ちはだかる。その立て直しが急務だ。
民主党の政策綱領で、中間層に恩恵を与える税制改革の実施を公約、富裕層への増税、共和党が大きく引き下げた法人税率の引き上げなどを掲げたが、税制改革法案を議会で通すのは相当な困難が予想される。また全国民に手の届く公的医療保険制度(国民皆保険)の提供という目標もある。綱領は社会保障の削減、民営化、弱体化の「いかなる試みにも反対する」とする。税制改革、社会保障制度など経済の活性化や国民生活に響く政策課題の実現には高い壁があることは衆知の事実だ。選挙戦を通じて露わになった人種間の嫌悪感の増大、性差別など人権にかかわる問題などについて左右の過激な主張が噴出する中で、穏健派代表格のバイデン氏が党派を超えた国民の意思を結集できるか。上院議員36年間、副大統領8年間という半世紀にわたる「ワシントン・エスタブリッシュメント」としての力量が問われる。
日本にとっては外交・安全保障の基軸である同盟関係にある米国の政権交代は重大な関心事である。「自由で開かれたインド太平洋」戦略を掲げた安倍晋三ートランプの信頼関係で貿易摩擦はあるものの、安定的な日米関係を維持してきた。しかし、菅義偉ーバイデン関係はゼロからのスタートである。菅首相は8日、ツイッターで祝詞を送り「日米関係をさらに強固にし、インド太平洋地域、世界の平和と自由にともに取り組む」と書き込んだ。トランプ以前のオバマ政権後半の4年間と安倍政権は重なっており、オバマ時代の有力者が政権入りすれば新たな関係もスムーズに構築されるだろう。とはいえ、外交、安全保障にかかわる問題は政権交代にかかわらず重たい。民主党綱領は「日本などアジア太平洋の同盟諸国との関係強化」をうたっており、駐留米軍や防衛費の負担増要求は変わらないだろう。対中国政策ではトランプ政権が退場しても対中関与政策の見直しには超党派の合意があり、オバマ政権初期の「融和」には直ちに戻らないと考えられる。綱領でも、中国の経済、安保、人権などの深刻な懸念に「強く立ち向かう」と記し、香港の自治侵害に対しては香港人権・民主法の完全施行を明記する厳しい態度だ。トランプ政権のような矢継ぎ早の制裁による強硬路線を踏襲するかどうかは、中国側の出方次第だろう。
「米国第一主義」のトランプ政権は環太平洋経済連携協定(TPP)や気候変動のパリ協定、世界保健機関(WHO)からの脱退など多国間協定を否定してきた。バイデン政権で復帰の可能性もあるが、その場合でも労働条件や人権、環境などで米国の「基準」に基づいて交渉するとしており、多国間協調主義に戻るとしても国際社会との緊張関係は続くだろう。ここで求められるのは、超大国としての米国の責任の自覚と、国際秩序を立て直すための米国のリーダーシップである。日本は世界第三位の経済大国でアジア太平洋の安全保障で極めて重要な地位を占める同盟国、また世界の平和と安全にかかわる国際国家として、自国中心主義の「トランプのアメリカ」を多国間協調体制へ引き戻す責任が求められている。
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