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2023-04-18 16:16
バイデン大統領キーウ訪問後のアメリカのウクライナ政策
河村 洋
外交評論家
ジョセフ・バイデン米大統領は2月20日に遂にキーウ訪問を敢行し、アメリカが確固としてロシアの侵略からウクライナを支援することを示した。続くワルシャワ訪問でバイデン氏は「ウクライナでロシアの勝利は決してなく、旧帝国復活の夢は頓挫する運命にある」と重ねて強調した。バイデン政権は既にアントニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官をキーウに派遣し、バイデン大統領自身もワシントンでウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領と会談してはいるが、ロシアを刺激して核攻撃に訴えられぬように慎重な姿勢であった。またMAGAリパブリカンとウォーク左翼は陰謀論の影響を受けた反戦世論を盛り上げ、アメリカのウクライナ関与への障害となっていた。
そうした左右の過激派孤立主義ポピュリストによる外交政策上の制約はあるが、世界におけるアメリカの役割を理解しているアメリカの専門家達が、バイデン氏の訪問後に現戦争の動向をどのように見ているかを知る必要がある。非常に注目すべきはウクライナ支援に懐疑的な論者にはヘンリー・キッシンジャー元国務長官とシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授に頻繁に言及して事情に通じたリアリストを装い、「アメリカはこの戦争には消極的で、ワシントンのエスタブリッシュメントの内のごく少数の好戦的な論者によって引き起こされた戦争に同盟国が巻き込まれてはならない」という自分達のプロパガンダを広めようとしている。しかしこの二人の名声がどれほど轟こうとも、キッシンジャー氏もミアシャイマー氏も、アメリカ国民全体を代表するわけではない。リアリスト気取りの者達、MAGAリパブリカン、ウォーク左翼もアメリカ世論の代表ではない。私は個々の非関与論者のバックグラウンドまでは知らないが、彼らの中にはアメリカ国内の特定のイデオロギー・グループと連動しているかのように振舞う者もいる。ともかくアメリカの国民と政策形成者の大多数がウクライナ支援に反対だと信ずることは間違いである。私はアメリカの外交政策の論客たちの見解に言及し、そうした情報工作を党派バイアスなしで否定してゆきたい。
バイデン氏訪問の外交的意味合いに関して、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係学院のエリオット・コーエン教授は、バイデン氏のウクライナ訪問は中国がロシアに兵器を供与すると噂され、ロシアも『特別軍事作戦』一周年記念にドンバスでの占領地の奪還を目指して大規模な攻勢に出るとされた時期であったと指摘する。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はウクライナ支援をめぐる欧米側の援助疲れと政治的分断を当てにしていたが、『アトランティック』誌のアン・アップルボーム氏はバイデン大統領のウクライナ訪問直後の投稿で「そうした儚い希望は粉砕された」と述べている。これは日本の岸田文雄首相がG7加盟国首脳では最後に当地を訪問する先駆けとなり、その折には習近平国家主席とのモスクワ首脳会談で中露連帯を見せつけようというプーチン氏の外交的思惑に歯止めをかけることになった。
また「トランプーチン」に対するアメリカ内政上の意味合いも理解する必要がある。『デイリー・ビースト』誌のデービッド・ロスコフ氏がバイデン氏訪問当日付の論説に記したように2018年の米露ヘルシンキ首脳会談の際には、全世界の国民はドナルド・トランプ大統領(当時)がアメリカや同盟国の安全保障関係機関よりもプーチン政権のロシアを信用し、ウクライナを放棄したがっていることを改めて思い知らされた。なぜか?それは彼が「アメリカが作り上げた世界」を嫌い、国務省、国防総省、情報機関にいるとする「ネオコンでグローバリストのエスタブリッシュメント」に敵対的な見方をしているからである。さらにトランプ氏は彼らを核大国による第三次世界大戦を企てる戦争屋だと非難している。あの不動産屋はロシアがルールに基づく世界秩序と領土保全を侵害していることなど、全く理解していない。共和党のアダム・キンジンガー前下院議員はトランプ氏がアメリカの国家安全保障関係の省庁に悪意に満ちた攻撃をする一方で、プーチン氏には有り得ないほどの賞賛をしていることに重大な懸念を表している。実のところキンジンガー氏は先の中間選挙には出馬しなかったのだが、それは彼の党で右翼過激派が幅を利かすようになったからである。バイデン氏と党派を超えた中道派の仲間が、そうした衆愚的孤立主義者にどのように反撃してゆくか注意深く観測する必要がある。
そうした孤立主義者とリアリストの仮面を被った者達は、なぜプーチン政権のロシアとの中途半端な妥協は、ウクライナの不屈の抵抗による侵略者締め出しよりも危険であるのかを理解する必要がある。ジョン・マケイン候補、ミット・ロムニー候補、ヒラリー・クリントン候補らの大統領選挙運動で外交政策顧問を務めたロバート・ケーガン氏はプーチン政権による侵攻が差し迫っていた昨年2月21日付けの『ワシントン・ポスト』紙論説で「ウクライナ攻撃は東欧から中欧に及んだロシアの歴史的勢力圏の再構築という彼の野望の序の口に過ぎず、バルト三国やポーランドは存在せずワルシャワ条約機構諸国を事実上ソ連の支配下に置いた時代を復活させようとしている」と述べている。よってロシアとウクライナの領土問題も解決せずに即時停戦となれば、地域の不安定化につながるばかりで決して平和に向けて前向きにはならないことが理解できる。むしろそれによって中国が台湾やその他東アジア諸国を威圧するようになりかねない。こうした観点からオバマ政権期のマイケル・マクフォール元駐露大使は本年初頭の『フォーリン・アフェアーズ』誌で中途半端な平和が幻想であるという理由は「プーチン氏がウクライナ征服にはあらゆる手段を尽くすという決意を固め、戦意不充分で国内も分断している欧米の狡知と科学技術をロシアの耐久性が上回ると信じている」からである。私にはブレグジットとトランプ氏当選での選挙介入の成功によって、プーチン氏は過剰につけあがってしまったように思える。よってマクフォール氏は「様子を見てウクライナへの軍事支援を増やすというやり方は通用せず、ロシアへの制裁も最大限の強制力を伴わねばならない」と主張している。
外交交渉による平和合意がほぼ不可能な以上は、アメリカがプーチン氏の凝り固まった野望をどのようにすべきかを軍事的観点から模索しなければならない。ロシア軍の力と能力に関してデービッド・ペトレイアス退役米陸軍大将は本年1月の『フォーリン・ポリシー』誌とのインタビューで「侵攻前に彼らが行なっていた演習は目前に控えたウクライナでの作戦とは無関係で、自軍内の陸海空軍の組織を横断する協調作戦を実施するには訓練が不充分だった」と述べている。それは数十年にわたるプーチン大統領のネーション・ビルディングの失敗を示唆し、西側同盟はそのようなウドの大木ロシアをウクライナが破るためにどのような支援を行なうかを考えてゆくべきである。現在、ウクライナは東部と南部の奪還という第二段階にある。非介入主義者達はこの国への追加軍事援助に懐疑的ではあるが、ペトレイアス氏は2月14日のCNNとのインタビューにて当戦争で領土を奪還するためのウクライナ軍の士気と能力を高く評価している。それは「ウクライナ兵は戦争目的をよく理解しているのに対し、ダゲスタン共和国、ブリヤート共和国、クラスノダール地方から来た民族宗派マイノリティからの兵員募集率が際立って高くなっているロシア兵ではそれを理解しているかどうか極めて疑わしい」からである。またアメリカ主導の西側同盟からの支援によって、ウクライナが兵員募集、装備装着、組織形成、追加兵力の適用で大いに成果を挙げているとも語っている。
ペトレイアス氏の発言から、我々は以下の点を推察できる。世論調査でのプーチン氏の違法な侵略行為への高い支持率も当てにはならないのは、ほとんどのルスキーは毎日の自分達の生活さえ何とか支障がなければ彼ら民族宗派マイノリティの苦境など気にもならないからである。ルスキーには祖国のために自分達が犠牲になる覚悟などない。さらに欧米の支援と並行して軍の組織再構築が行なわれ、ウクライナの統治も戦後に完全される可能性がある。結論としてペトレイアス氏はバイデン氏の断固とした態度を支持しているものの、大統領は戦車や戦闘機といった次期段階の兵器をもっと早く送るべきだったとも論評している。ドイツと他のNATO諸国がウクライナに戦車を送る決意を固めるよう促したのはイギリスである。またスナク政権は大西洋諸国でも他に先駆けてウクライナ軍パイロットにNATO標準の戦闘機向けの訓練を行なった。一方でアメリカはバイデン大統領のキーウ訪問以前は軍事援助を増強すべきかどうか逡巡した。ペトレイアス大将が増派戦略でイラクのテロリストを破ったことを忘れてはならない。軍事戦略家としての同大将の見識は「コンバット・プルーブン」(combat proven:実戦証明済み)であるが、ミアシャイマー氏の場合はそうではない。
MAGAリパブリカンお気に入りのFOXニュースからも、ジャック・キーン退役陸軍大将が孤立主義に反論している。キーン大将はこのテレビ局の右翼ポピュリストで有名なアンカーマン、タッカー・カールソン氏とは正反対の立場である。キーン氏は2007年のイラク増派では戦争研究所のフレデリック・ケーガン氏と共に、ペトレイアス氏の計画作成に助力した。ウクライナで現在進行中の戦争に関しては、ペトレイアス氏とはほぼ意見が一致している。さらにキーン氏は国内社会経済再建最優先という孤立主義的な強迫観念にも反論している。財政保守派はウクライナへの援助が必要でも巨額だと言って容認しないが、キーン大将はロシアがこの戦争で勝利すれば中国やイランを勢いづかせると言い聞かせている。またアメリカはロシアとウクライナの国境よりも自国とメキシコの国境の方を重視すべきだと信じてやまない、排外的な右翼にも反論している。それは両問題が互いに無関係であり、ウクライナを見捨てれば国内での国境問題が解決するわけではないからである。ペトレイアス氏と同様にキーン氏もまた「コンバット・プルーブン」な軍事戦略家である。
アメリカとNATO同盟諸国はさらに軍事援助を供与するので、ウクライナの反撃段階では考えておくべき課題もいくつかある。最も重大なものは、戦況がロシアにとって不利だとプーチン氏に思われると、ウクライナへの核攻撃に打って出るかということである。プラウシェアズ・ファンドのジョセフ・シリンシオーネ理事長はバイデン政権が効果的な対策をとってきたと指摘する。現政権はロシアに核兵器の使用が致命的な結末をもたらたし、そして西側同盟は経済、外交、サイバー、通常軍事措置などあらゆる手段をとってゆくことを直接伝えた。また中国とインドも、長年にわたるロシアとの友好関係があろうが核攻撃は容認しないだろう。そのように微妙な中露関係に関してマクフォール元大使は、プーチン氏によるベラルーシへの核兵器配備はこの戦争での核兵器使用を否定した中露モスクワ首脳会談の共同声明とは矛盾しているとの疑問を呈している。プーチン氏は国際的な公約を頻繁に破ってきたであろう。よってマクフォール氏はアメリカが両国の関係に楔を打ち込むようにすべきだと説く。他方で中国はロシアがウクライナに係りきりになっている状況を利用して、習近平主席はモスクワ首脳会談以前にロシアには自国極東地域の地名をロシア名から中国名に変更するように要求している。例えばウラジオストクは海參崴(Haishenwai)にといった具合である。
他にはクリミアの戦略的価値も重要である。ベン・ホッジス元アメリカ欧州・アフリカ陸軍最高司令官(中将)は、このことを繰り返し語っている。考えてみれば、この戦争が始まったのは2022年2月ではなく2014年の3月であった。ホッジス氏はクリミアが占領され続ける限りは、たとえドンバス全域が解放されてもオデーサやマリウポリからのウクライナの食糧輸出はロシアに妨害される惧れがあるだろうと言っている。またその地からのミサイル大量発射は、ウクライナにとって重大な脅威であり続けるであろう。ホッジス氏もアメリカにとって最も直近の戦争であるイラクとアフガニスタンでの戦闘経験者で、まさに「コンバット・プルーブン」な見識の持ち主である。非常に興味深いことにホッジス氏はツイッターでケンブリッジ大学のロリー・フィニン教授が『ポリティコ』誌に1月13日付けで寄稿した論文に言及しているが、そこではクリミアの他にもロシアが占領している東部と南部についてウクライナの主権の歴史的正当性が明確に語られている。フィニン氏によると、クリミアはロマノフ朝ロシアとソ連に支配された歴史を通して、エスニック・クレンジングや暴力などに苦しめられてきた。だからこそ2014年の侵略以前には住民の大多数はウクライナへの残留を望んだのである。フィニン氏はクリミア・タタール汗国からの歴史を振り返っているが、エカテリーナ2世による征服以前の同国の領域はクリミアから近隣の黒海およびアゾフ海の沿岸のステップ地帯に広がっていた。19世紀にはアレクサンドル2世が本土から移民を送り込み、この地をロシア化した。スターリンの圧政を経て1954年に、ニキタ・フルシチョフ首相(当時)が貧困にあえぐクリミアのロシアからウクライナへの移管を決定した。そうした背景からすれば、ウクライナがロシアからクリミアを奪還する歴史的および文化的な意義は非常に大きい。
以上の議論を見てきてもMAGAリパブリカンへの警戒は怠るべきではなく、彼らがどれほど偏向して国際問題への意識が低かろうとも無視はできない。『民主主義を共に守ろう』のウィリアム・クリストル氏は現在の共和党があまりにもトランプ化し、ますますアメリカ・ファーストの傾向を強めていると繰り返し述べている。典型的なものでは『ナショナル・レビュー・オンライン』誌3月8日付けの記事で「ロシアとウクライナの間で現在行われている戦争はただの領土紛争なのでアメリカの国益とは無関係だ」という、フロリダ州のロン・デサンティス知事の冷血で似非リアリズムな発言を擁護したアンドリュー・マッカーシー氏を批判している。『ブルワーク』誌3月29日付けの記事では嘆かわしいことに「デサンティス氏はトランプ氏からの絶え間ない罵詈雑言に反撃する気さえない。そのフロリダ州知事は、MAGAリパブリカンの間では旗手にまで祭り上げられた元大統領と対立するリスクを恐れているように思われる」ということだ。デサンティス氏は自身が当選するよりも、2016年選挙でのクリス・クリスティー氏のようにトランプ氏への支援を通じて党内での立場を固めようとしているのかも知れない。さらに『ワシントン・ポスト』紙3月31日付けの論説では「MAGAリパブリカンは最近のニューヨーク郡マンハッタン地区検察官によるトランプ氏起訴に憤慨するあまり、今件手続きでの適正法手続きについて「リベラルなエスタブリッシュメント」への恐怖感を煽り立てて否定しようと躍起になっている」と述べられている。そうした陰謀論はリンドバーグ的な孤立主義に向かいやすいので、2024年大統領選挙にも鑑みてMAGAリパブリカンがどれだけウクライナ支援のための外交努力の足を引っ張るか注意を怠ってはならない。
西側のウクライナ支援に懐疑的な者には、実際には米国内の極右や極左と連動している似非リアリストも含めてミアシャイマー氏を多大に崇め奉る傾向があるようだ。しかしアメリカは自由の国なので、意見は多様である。アメリカのウクライナ政策を理解するうえで重要なことは党派を超えて多様な意見に触れながらも、それは高度にプロフェッショナルなものに集中すべきである。私がとり上げた論客の選択には党派的偏向性が一切ない。ロバート・ケーガン氏は両党の大統領候補たちの外交政策顧問であった。マイケル・マクフォール氏はオバマ政権の駐露大使で、現在はスタンフォード大学にある保守派のフーバー研究所で上級フェローである。また「コンバット・プルーブン」な意見と分析にも注目すべきである。本稿はそうした経歴の退役将官数名に言及したが、その中でもデービッド・ペトレイアス氏は戦場で多に並ぶ者がいないほどの功績を挙げた。そして学者としても高い評価を受け、プリンストン大学より軍事戦略の研究で博士号を取得している。ペトレイアス氏は本年10月にはイギリスの歴史学者アンドリュー・ロバーツ氏との共著、"Conflict: The Evolution of Warfare from 1945 to Ukraine"を出版する予定である。何よりも元大将はバイデン政権に対しても是々非々である。
ジョン・ミアシャイマー氏はビッグ・ネームではあろうが、アメリカの外交政策を注意深く観測するためにも、彼の名声を頼りに「憧れるのは止めましょう」と言いたい。我々は彼の意見や分析がどれほどアメリカの政策形成者達や国民を代表するものなのかを考え直すべきである。最も重要なことは、アメリカのウクライナ戦略を見通すうえでもっと多くの専門家もメディア関係者も「コンバット・プルーブン」な視点を重視すべきではないかと言いたい。これは戦争で、ロシアとウクライナあるいはロシアと欧米の間で停戦に向けた外交交渉が直ちに行なわれる見通しはないのである。
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