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2024-04-15 12:51
ハガティ前駐日大使のインタビューへの疑問
河村 洋
外交評論家
アメリカのウィリアム・ハガティ前駐日大使は2月29日に時事通信とのインタビューで、トランプ氏の再選という事態になれば日米同盟に不安定をもたすのではないかという日本国民の不安払拭に努めた。現在、ハガティ氏は共和党の上院議員である。ハガティ前大使は、ドナルド・トランプは日米同盟の戦略的重要性を理解していると強調し、トランプ氏のアメリカ・ファーストと孤立主義に関しては国際社会でも誤解されていると述べた。中でもNATO同盟諸国に対して脱退をチラつかせるトランプ氏の恫喝については、国防費でNATO基準を下回る国には支出を増額するように強制するために取られた彼ならではの駆け引きテクニックだと前大使は論評している。よってトランプ氏はロシアの脅威を深刻にとらえていると答えている。
件の記事は短い報道で、インタビューの詳細は公開されていない。そのためハガティ氏の発言への反応は性急ではあろうが、あのインタビューで日本国民が「もしトラ」を好意的に受け止められるとはとても思えない。トランプ氏によるNATO脱退の恫喝はSAISのエリオット・コーエン教授が件のアメリカ・ファーストに異議を唱える公開書簡で「ゆすりたかり」と記されたように、そうした発言への超党派での警戒が高まりから民主党のティム・ケイン上院議員と共和党のマルコ・ルビオ上院議員は議会の同意なきNATO脱退を大統領が行なえなくする法案を提出し、その法案は上院を通過した。そうした立法によって集団防衛への心理的な保証が保たれ、抑止力にも寄与することになる。
しかしトランプ氏はケイン・ルビオ法案があってもNATOに対するアメリカの関与を大幅に低下させるだろう。NATO事務次長とアメリカの駐NATO大使歴任したアレクサンダー・バーシュボウ氏は、トランプ氏がNATOに様々な会合で米外交官の参加を妨害し、ブリュッセル本部への拠出金も削減するだろうと警告する。すなわちトランプ氏は合法的にNATOを機能不全に陥らせかねない。トランプ氏は法の支配に敬意など払わないとしても、法の抜け穴を巧妙に利用する点ではブラジルの左翼ポピュリストで有名なルーラ・ダシルバ大統領さながらで、あちらは国際刑事裁判所で訴追されたウラジーミル・プーチン露大統領を自国で今年開催されるBRICS首脳会議に招待しようとしている。トランプ氏が保守派優位の最高裁判所に、自らの候補者資格を剥奪したコロラド州とメイン州の決定を却下したことを忘れてはならない。ポピュリストは右も左も、そうしたものだ。いずれにせよバーシュボウ氏が言及するような世界規模でのアメリカの同盟ネットワークの持続性に関する重要問題には、ハガティ氏は答えていない。NATOの組織構造では軍事指揮権はアメリカ人に委ねられる一方で、文民官僚機構はヨーロッパ人主導となっている。バーシュボウ氏はアメリカの外交官としてはNATOで最高の地位を歴任した立場から、深い懸念を示している。
防衛におけるバードン・シェアリングが古くて新しい問題であることに疑いの余地はない。冷戦以来、アメリカは同盟諸国に対して国防費の増額を求め続けてきた。相互の信頼構築のためにも同盟内でフリーライダーの存在は望ましくない。しかし、それはアメリカの国防の根本的な問題ではない。ジャック・キーン退役陸軍大将は2月16日のFOXニュースで、トランプ政権からバイデン政権にかけて軍事力が大幅に縮小された一方で敵国は攻撃能力を向上させたためにアメリカの国家安全保障は危機的な状況にあると評した。明らかにアメリカ自身の国防能力こそが問題なのである。トランプ氏によるアメリカの同盟国叩きは彼の岩盤支持層からは喝采されるだろうが、キーン氏のように党利党略を超えて真面目にアメリカの国防を語る者であれば、たとえMAGAリパブリカンお気に入りのチャンネルのコメンテーターであっても全く異なる観点を持つものだ。よって日本人なら誰でも自らの特異な思考に固執するトランプ氏に対し、アメリカと世界の安全保障について本当に理解できているのだろうかという疑義を強く抱くようになる。
さらにNATOの国防支出推奨基準も満たせないヨーロッパの同盟国が、力のバランスを我々に望ましい方向に変えられるような新しい技術に投資できるとは、まず考えられない。そうした国が軍事費を増額したところで、アメリカ製兵器をもう少し多く買えるくらいのものだ。それはアメリカの防衛産業には幾分かの利益をもたらすであろうし、トランプ氏もそうした取引から利益を得たいのかも知れない。 しかし「弱小国」叩きへのトランプ氏の固執は的外れである。嘆かわしくもトランプ氏にはキーン退役大将が述べたような国防の人員補充と装備調達のような重要課題について語る気はなく、怒れる労働者階級に海外の同盟国や国内のマイノリティーに対して自分達の税金を使うなと不満をぶちまけるようにけしかけている。彼の外交政策での孤立主義と国内政治でのヘイトのイデオロギーは深く絡み合っている。トランプ氏は小さな政府の理念を巧妙に悪用し、自分の岩盤支持層の狂信性を刺激した。時事通信はハガティ上院議員とのインタビューでは、こうした点も突くべきだった。
時事通信にインタビュー記事から、私にはトランプ氏の取り巻きは多国間主義によってグローバルの挑戦課題への対応と域内での中国の脅威の軽減を図ろうという、日本の安全保障政策への敬意を欠いているような印象を受ける。インタビューでのハガティ氏の発言は、トランプ氏によるNATO同盟国への強圧的言動など日米同盟には何の関係もないと言わんばかりに聞こえてしまう。しかし安倍晋三氏が打ち上げたFOIP構想はアジアとヨーロッパのステークホルダーも抱合し、その多国間外交のレガシーは菅政権にも岸田政権にも受け継がれている。上川陽子外相は1月30日の外交政策演説でこれをさらに推し進め、「欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障は不可分であり」と述べた。共和党の孤立主義者の中にはジョシュ・ホーリー上院議員のように非常にNIMBYで、怒れる労働者階級の鬱積した不満の捌け口に中国叩きには躍起ながら、ウクライナと環大西洋地域でのロシアの脅威をアメリカの国家安全保障との関係は希薄なものと片付ける者もいる。それは日本のグローバルな戦略的方向性とは軌を一にしない。日本にとって現行のリベラルでルールに基づく世界秩序の擁護は重要である。
ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏が昨年12月7日付けの『ワシントン・ポスト』紙コラムで提言したように、元前政権主要閣僚達がトランプ氏の候補資格に反対の意を表明していることを我々は深刻に捉える必要がある。マイク・ペンス前副大統領がトランプ氏の2期目出馬への支持を公然と拒否したことに続き、先の政権での国家安全保障関係の閣僚達がアメリカのグローバルな同盟ネットワークと立憲政治に関するトランプ氏の貧弱な理解に深刻な懸念を表明するようになった。そうした閣僚にはマーク・エスパー前国防長官、ジェームズ・マティス元国防長官、ジョン・ケリー大統領首席補佐官、マーク・ミリー統合参謀本部議長そしてジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官らの名も挙がっている。非常に注目すべきことに、彼らの中には米軍の中核となっている軍事専門家がかなりいることである。
非常に興味深いことにトランプ氏の取り巻きは彼の失言を特異な言い回しで正当化する。よくあることだが先の政権で大統領副補佐官とNSC議長を兼任したアレクサンダー・グレイ氏は本年3月14日に日本のTBS局とのインタビューで「トランプ氏のことは言ったことではなく行なったことで理解するように」と言いくるめてきた。またグレイ氏はアメリカと日本の同盟関係はトランプ政権期に深化したとも強調した。しかしトランプ氏のアメリカ・ファーストを修正したのは「政権内の大人」とテクノクラートであり、今や彼らは反トランプの立場を表明している。日本の国民も政治家もそのことをよく認識している。実際にエスパー前国防長官は本年3月31日放映のHBOテレビ局番組『ビル・マーとのリアルタイム』で、「トランプ政権2期目の最初の年は1期目の最後の年のように、混乱したものとなるだろう」と語っている。
究極的に多国間同盟を蔑視するトランプ氏の見解は、数多くの同盟国や現地指導者達との多国間の戦略調整を通じてアメリカを戦争で勝たせたデービッド・ペトレイアス退役陸軍大将のものとは相容れない。トランプ氏がこれと逆の方向性を取るなら、アメリカは今世紀のいかなる戦争にも大国間競合にも敗者となってしまう。 さらに彼の右翼ポピュリズムによってアメリカの民主主義の正当性が侵食されている現状で、中国やロシアのようなリビジョニスト勢力が勢いづいてしまう。MAGAリパブリカンの中にはマージョリー・テイラー・グリーン下院議員のように議会内でロシアのプロパガンダを拡散するなど、プーチンのスパイさながらの行為に及ぶ者もいる。それは日米同盟にも深刻な被害を及ぼしている。
日本政府が「もしトラ」に備える必要があることに疑いの余地はない。他方で日本にもアメリカ国内のネバー・トランプ論者に積極的に共鳴する者が存在すべきである。よって日本のメディアはトランプ氏の取り巻きにはもっと厳しい質問をすべきで、まるで茶道の客人をもてなすかのようなお行儀の良い質問など必要ない。
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