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2024-06-25 23:33
「戦狼/微笑」ハイブリッドで始まった中国外交
鈴木 美勝
日本国際フォーラム上席研究員
民進党・頼清徳の台湾総統就任を機に、硬軟織り交ぜた中国のハイブリッド外交が本格的に始動した。その狙いは、「独立派」と見なす頼清徳が頂点に立った台湾の孤立化と中国自身の脱経済不況の環境づくり。頼総統の就任を見極めるや、外交責任者の王毅(共産 党政治局員兼外相)を筆頭に「戦狼外交官」張りの激しい言葉を使って、アジアでの外交攻勢を強め、「台湾封鎖」を想定した人民解放軍の大規模演習をも敢行した。その一方では、先延ばししてきたソウルでの日中韓サミット開催に積極的に応じ、首相・李強は経済分野での相互実利的関係を前面に3カ国協力の機運を盛り上げた。「戦狼外交」を忘れさせるような李強の「微笑外交」。日韓から投資を呼び込みつつ貿易拡大を、との本音がのぞく。「中国嫌い」の世論が高止まりする日本には、党外交を仕切る中国共産党中央対外連絡部長・劉建超を送り込んできた。政党間交流の復活、併せて首相・岸田文雄、外相・上川陽子との面会を実現させた。加えて、学会やシンクタンク、大学など知的コミュニュティーへの「対話」の働き掛けも始まった。
◇〝火遊び〟する知日派中国大使
5月20日、台北。新総統・頼清徳は、日本から駆け付けた30人以上の国会議員を含む約2万人の支持者を前に就任演説を行った。頼は中国を名指しで批判、「中華民国」の名称を繰り返し使って、台湾アイデンティティーを前面に押し出した。その上で中国脅威論をあらわにした。「(台湾が)主権を放棄しても、中国の台湾併呑の企てが消えることはない」─。対する中国は翌21日、王毅が訪問先のカザフスタンで吠(ほ)えたてた。上海協力機構(SCO)外相会議の席上、頼清徳を名指しし、「民族と祖先を裏切る恥ずべき行為」と断じ、警告した。「(台湾独立派は)歴史的な恥辱を味わうだろう」。北京では、外務省副報道局長・汪文斌が呼応する。日本の国会議員が就任式に参加したことを念頭に「一部の国と政治家は誤った言動で中国の内政に干渉し、台湾海峡の平和と安定を脅かした」と非難した。一方、前日の20日、東京では、駐日中国大使・呉江浩が大使館に元首相・鳩山由紀夫や社民党党首・福島瑞穂を招き、台湾問題に関する「座談会」を開いた。同大使は、日本人の語感に不気味に響く「火」という言葉を使い、日本語で対日批判を展開した。「(日本の国会議員の新総統就任式出席は)台湾独立勢力に公然と加担するものだ」「(日本が台湾独立・中国分裂に肩入れすれば)民衆が火の中に連れ込まれることになる」。
大使発言を巡っては、中国語に置き換えれば、そのまま「火中に引き込む」ことを意味しないとして問題鎮静化を図る動きもあったが、日本語を流暢に話すジャパン・ハンドの失言とは考えにくい。現に、同大使は着任後間もない昨年4月にも同様の発言をしている。北朝鮮が国営メディアを通じてたびたび韓国非難に使う 「ソウルを火の海にする」発言を日本国民に想起させることを計算に入れた、悪意のある発言と受け止められても仕方があるまい。
同大使は、相手にかみつく過激発言を巧みに操る王毅の直系外交官。今回の発言は、王毅発言に符節を合わせて「戦狼外交」の一面を垣間見せた―と見るのが自然だろう。
◇経済重視と「以民促官」
1週間後、中国は一転して、ソフトタッチで近隣国に接する微笑外交を展開する。中国の戦略目標は、昨年夏の日米韓首脳キャンプデービッド会談によって安全保障の結束が強化された3カ国連携体制にクサビを打ち込むことだ。が、同時に、今の中国での喫緊の課題は国内の景気浮揚。米国を挟んだ対日・対韓同盟体制を揺さぶりつつ、「経済」の実利関係をどう復元するかに狙いがある。日中韓サミットを巡って、中国は昨年来、早期開催を望んでいた韓国・尹錫悦政権の要望を拒んできた。開催の応諾は、そもそも台湾新総統就任以降と決めていた節があるが、4月の韓国総選挙の結果を見極めるまでは「頑ななまでに早期開催に消極姿勢を崩さなかった」(政府筋)。ところが、与党「国民の力」が大敗、大統領・尹の政治基盤が弱体化すると、その姿勢は和らぎ、5月下旬の開催に傾いた。包囲網崩しには、最も脆弱(ぜいじゃく)な部分を揺さぶるのが鉄則だからだ。
同27日、4年半ぶりに開かれたソウルでの日中韓首脳会談。3カ国は、中断している自由貿易協定(FTA)の交渉再開に合意。共同声明では、朝鮮半島の平和と安定に向けて経済や安全保障の摩擦を回避するため、「未来志向」の協調 への具体策を明記した。 席上、中国首相・李強は「一衣帯水」という言葉を使って、3カ国が共有する文化面での結びつきを強調、安保面では日韓の後ろ盾である米国批判の公式論を展開した。次いで経済に言及した李強は「中韓経済協力は両国国民に確かな利益をもたらした」「中日の経済関係は切り離せない」と指摘。別途、韓国・半導体大手のサムスン電子会長との会談で対中投資を歓迎する意向を示した。一連の言動からは、一にも二にも「経済重視」の姿勢が伝わってくる。 こうした中で来日したのが、中連部長・劉建超だった。劉は29日、自民党幹事長・茂木敏充、公明党代表・山口那津男とそれぞれ会談、「日中与党交流協議会」の再開で一致。北京への帰途、立ち寄った福岡県では地方での「中日友好」を演出した。まず、県知事・服部誠太郎を表敬訪問した後、九州大学を視察。故郭沫若(作家)の母校(医学部卒)であり、現在中国人留学生1400人超が在籍する同大学で、留学生や中国語を学ぶ学生、教職員らとの交流会にも出席した。劉の福岡訪問は「以民促官、以地方促中央(民をもって官を促し、地方をもって中央を促す)」との中国外交の鉄則への回帰を想起させた。
◇6・4「日中対話」から見えた風景
それから数日後、都内で開かれたシンポジウムでは、当面の日本対応を巡る中国側の本音が鮮明に浮かび上がった。これは、改めて力点を置き始めた知的コミュニティーへの働き掛けの一環だった。 6月4日、東京・元赤坂の明治記念館─。両国シンクタンクによる日中対話「変貌する北東アジア国際秩序:今後の日中両国の役割」が行われた。興味深かったのは第一に、蔡亮(上海国際問題研究院北東アジア研究センター教授)の基調報告だった。蔡は、①昨年10月の岸田・習近平(国家主席)会談で、中国側が日中枠組み「戦略的互恵関係」を持ち出したきっかけは、中国を「これまでにない最大の戦略的挑戦」と位置付けた岸田政権の安全保障3文書(2022 年12月閣議決定)にあった②「戦略的」と「互恵」という相矛盾する二つの概念の組み合わせを新しい時代に生かすには双方の努力と歩み寄りが必要─と指摘した上で、日本側は「互恵」にばかり力点を置き、「戦略的」を軽視している─と不満をあらわにした。それを踏まえて、陳友駿(同センター教授)が力説した。①日本は半導体部門などで先端技術を有している②中国はアジア太平洋での重要な二つの経済協力フレームワークのうち、日本が主導したCPTPP(包括的・先進的な環太平洋経済連携協定)に加盟申請をしている③米国が提唱したIPEF(インド太平洋経済枠組み)は中国のサプライチェーンを封じ込めるものだ─と。
◇すれ違う「戦略的互恵関係」
2人の発言から読み取れるのは、経済分野での利益を両国が共有するためには、日本が政治面で「戦略的」 に中国側に歩み寄るべきだ、それこそが「戦略的互恵関係」になるというメッセージだった。「戦略的互恵関係」は、2006年10月、首相・安倍晋三が電撃訪中によって当時の国家主席・胡錦濤に提起して合意がなされ、08年5月、福田康夫・胡錦濤両首脳による日中共同声明に明記された。しかし、胡錦濤前政権の「古証文」のようなもので、習近平政権になって一時使われたことがあるものの、事実上、〝お蔵入り〟となっていた。中国側が改めて持ち出してきた背景には、深化する日米同盟、米韓同盟および日米韓首脳が安保での連携を強化したキャンプデービッド合意(23年8月)に対する「焦燥感がある」(日中関係筋)。その狙いとしては、「岸田内閣が安保3文書に明記した中国認識『これまでにない最大の戦略的挑戦』を上書きしたかったのではないか」(政府筋)。中国が対日アプローチを強めているのは、日本から「経済」「技術」で実利を引き出したいためだ。今、経済再興の切り札としたいのは「新三種の神器」(電気自動車=EV・リチウム電池・太陽光電池)だが、欧米からは、EV一つとってみても中国の「過剰生産・低価格」による「デフレ輸出」が厳しく問題視されている。こうした状況下で、駐日中国大使・呉江浩は6月6日付日本経済新聞に寄稿、欧米のEV過剰生産論を真っ向から否定するとともに、脱炭素社会に向けた新エネルギーを巡る日本との協力は「中日共通利益に合致する」と強調したのだ。
台湾新総統の就任を機に一段とギアを上げた中国ハイブリッド外交。その根っこには、「不動産バブル崩壊」に端を発した経済不況がもたらす苦悩があり、硬軟織り交ぜた習近平下の中国外交には、巧妙・狡猾(こうかつ)さが潜む。今や、かつて「政経分離」が可能だった時代とは日中関係の構造が劇的に変わった。(注)優位な経済をテコに政治的な諸課題を打開してきた日本一国での外交には限界が見えており、今後、中国ハイブリッド外交にどのように対応しようとしているのか。確かな答えは、まだ見えない。ある高官がつぶやいた。「日中関係は引き続き〝低位安定管理〟で進むしかないだろう」─。(敬称略)(時事通信【外交傍目八目】2024/6/17配信より)
(注)日中関係が構造的に変わったのは、第1に、日本は2010年に国内総生産(GDP)で中国に追い越され、その規模が中国の約3分の1となり、対中外交で重要なツールだった経済外交が十分に機能しなくなったこと、第2に、経済安全保障重視の時代において、政治と経済の区分けができなくなったこと、第3に、「中国の夢」を掲げる習近平政権が米主導の国際秩序にチャレンジし、独自の価値観に基づいた世界秩序を構築しようとしていること―の3点が挙げられる。
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