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2024-11-14 15:37
スターリン著『ソ同盟における社会主義の経済的諸問題』の評価と誤謬
加藤 成一
外交評論家(元弁護士)
ソ同盟共産党書記長であり最高権力者であったスターリン(1879~1953)は、社会主義・共産主義に関する多くの著作を残している(スターリン『スターリン全集』全13巻、『スターリン戦後著作集』大月書店)。ソ同盟における社会主義建設や国際共産主義運動、国際政治に与えた影響は多大であったと言えよう。上記著作のうち『スターリン戦後著作集』に収められている『ソ同盟における社会主義の経済的諸問題』(同書210頁以下)は、ソ同盟の社会主義建設やマルクス主義の基本原則、国際問題を論じており、重要文献と言える。本稿ではその評価と誤謬を論じてみたい。
革命前の帝政ロシアは、欧米諸国に比べ資本主義が未発達の後進資本主義国であった。したがって、1917年のロシア革命はいわば「資本論に反する革命」であり、「生産力が生産関係を決定する」(マルクス『経済学批判』序言14頁岩波文庫)という「史的唯物論」と矛盾する革命であった。そのため、ソ同盟の社会主義建設は試行錯誤し困難を極めたことは想像に難くない。「一歩前進二歩後退」とも言える市場経済を取り入れたレーニンの「ネップ(新経済政策)」も、革命後の経済的困難を克服する苦肉の政策であった。遅れたロシアを前提に、レーニンは「共産主義とはソビエト権力プラス全国の電化」と言っている(『レーニン全集』27巻324頁大月書店)。スターリンの上記著作『ソ同盟における社会主義の経済的諸問題』は、革命後30年以上が経過した1945年以後の著作である。したがって、ソ同盟における社会主義建設の成果を踏まえたものである。
① スターリンは、ソ同盟の「計画経済」の優位性を強調する。「1928年以後のソ同盟の「五か年計画」などの「計画経済」は、資本主義の競争原理による無政府生産や過剰生産恐慌に比べ、国民経済の均衡のとれた発展に寄与する」と主張する(同書216頁)。これは、1930年代のいわゆる「資本主義の全般的危機」の時代に、ソ同盟の計画經濟だけが高度成長を成し遂げた実績を背景とするものである。② その発展の根底にはスターリンが推進した「重工業優先政策」があった。すなわち、消費財の生産よりも生産手段の生産に労働力や資源を集中する「重工業優先政策」である。スターリンは「生産手段の生産を優先しなければ、国民経済の成長は不可能になる」と言っている(同書233頁)。いわゆる「五か年計画」の成功はこのことを証明しており、評価すべき点と言えよう。生産手段は生産力発展に不可欠の基盤だからである。③ マルクス主義理論に関しては、スターリンは「ソ同盟においても消費財生産・流通部門においては「価値法則(商品生産)」が存在し作用している」と述べている(同書228頁)。消費財生産・流通部門では、生産手段生産部門とは異なり、消費者の選択や嗜好が多様化するためと考えられる。評価すべき点と言えよう。当時のソ同盟は農業部門など生産手段の社会化が完成していないため「過渡期の社会主義」であり、資本主義の「母斑」がある以上、一定の枠内での「価値法則(商品生産)」を全廃することはできないのである。「価値法則」とは商品の価値は商品化された労働の量によって決定されるという資本主義社会の経済原則である(黒田寛一『マルクス主義入門』第一巻『哲学入門』212頁あかね図書販売)。社会主義社会では労働力は商品化されないから、原則として「価値法則」は存在しないとされる。④ スターリンが富農を除き農民の土地を収奪せず、農民を集団農場(コルホーズ)や協同組合に組織化した点も評価できよう。スターリンは「農民の土地を犯罪的に収奪すれば、農民をプロレタリアートの敵の陣営に追いやるだろう」と述べている(同書222頁)。この場合、生産手段は国有ではなく集団農場や協同組合の所有である。同時に集団農場の機械化を推進し、農業の生産性を高めた。⑤ スターリンは「大衆的社会主義競争」の重要性を指摘している。「大衆的な社会主義競争により工業は加速度的に前進した。労働者の文化的・技術的水準が向上したからである」と述べている(同書237頁)。いわゆる「スタハノフ運動(社会主義労働英雄)」であり、労働者にも処遇の格差を設け、競争原理を持ち込み生産性の向上を図った。評価すべき点と言えよう。
このように、上記に述べたスターリンの諸政策がソ同盟の驚異的発展をもたらし、第二次世界大戦を経て、後進資本主義国であった帝政ロシアを「米ソ二大大国」へと発展させたことは否めない事実と言えよう。しかし、スターリンには外交問題につき理論的誤謬があった。すなわち、スターリンは、「第二次世界大戦後、米国は英、仏、独、日などの他の資本主義諸国を十分に従属させているので、資本主義諸国間の戦争を起こさせないし、起こらない」(同書242頁)とのソ同盟共産党同志の意見に対し、明確に反対した。その理由として、「英国やフランスが帝国主義国である以上は、高利潤獲得のため、安い資源と保障された販売市場を求めて米国と衝突せざるを得ない。ドイツや日本も同じである」(同書243頁)と述べている。
しかし、戦後80年間主要資本主義諸国間の戦争が起こっていないことは争う余地のない事実である。時代的制約とはいえ、この点でスターリンの認識は明らかに誤謬である。これはレーニン『帝国主義論』(レーニン全集22巻)の呪縛であろう。戦後は開発途上国が独立したため、戦前のような資本主義諸国間の「植民地争奪戦争」がなくなったからである。ただ、スターリンは、1952年4月2日の『プラウダ』で米国新聞編集者の質問に答え、「資本主義と社会主義の平和共存は、もし両者が協力し引き受けた義務を遂行し、平和と内政不干渉の原則が守られるならば、十分に可能です。」(スターリン『戦後著作集』260頁)と述べている。米ソの平和共存は1991年のソ連崩壊まで継続した。
本稿は当時のソ同盟の経済的問題に限ってスターリンの諸政策を論じた。個人崇拝、独裁、恐怖政治、粛清、強制収容所、言論弾圧など、負の遺産は数えきれない(ウオルター・ラカー『スターリンとは何だったのか』草思社参照)。もとより現在も厳しく断罪されなければならないであろう。これに対して、当時のソ同盟の経済的発展に対するスターリンの評価は上記の通り現在も正当になされるべきであろう。ただし、1991年のソ連崩壊により、中央集権的官僚型「計画経済」の有効性や弊害、競争原理の欠如による技術革新の停滞、経済成長の困難性が明らかになったから、改めて現代における「ソ連型社会主義」の功罪が科学的に検証されなければならないことは言うまでもない。
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