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2024-12-25 23:37
「ユーラシア平和経済圏」の建設に向けて:アジア版NATOをどう捉えるべきか
西村 六善
元外務省欧亜局長
始めに
「アジア版NATO」に関する議論が始まった。このテーマについては既に多くの論者が多様な議論をしている(1)(2)(3)。この小論は「アジア版NATO」と云う構想を否定するものではない。唯、軍事同盟の発想から出発して日本やアジア諸国の安全を保障する別の道はあり得ると論ずるものだ。例えば「ユーラシア平和経済圏」を構想することで実質的に相当の目的が達成できる。それは次の二本の柱で構成される。
<ユーラシア平和経済圏と云う構想>
第一の柱は、ロシアを西欧民主社会に引き込むことである。日米欧が協力してポスト・プーチンのロシアを西欧民主社会の一員に迎え入れるのだ。そうすると欧州からユーラシア大陸、そしてウラジオストックに至るまで、凡そ西欧民主主義に親和性のある長い帯が出来る。こうすることで、仮にアジア太平洋で冒険主義的な芽が生まれても一定の抑止力が働く。理屈の上ではその限度でアジア版NATOの必要性は低下する。
しかし本当にポスト・プーチンのロシアが欧州民主主義に親和性を持つ国になるのか?完全な民主主義体制に転身する必要はない。強権的要素を残していても西欧民主社会の一員として行動することはあり得る。私見では現にそうなる可能性は十分にある。欧米社会では「ロシアの民主化」と云う命題で長年にわたり議論されてきた。2021年欧州議会は正式にロシアはいずれ民主化すると決議した(4)。欧州の著名な政策研究機関はロシアの民主化と経済発展を支援する大規模で詳細な計画を発表した。そこでは欧州諸国はロシアの民主的な発展を当然視し、欧州の命運はロシアのそれと共にあると宣言している(5)。世界的に有名な国際関係論の専門家はロシアに対して「マーシャル・プラン」を実行するべきだとも論じた(6)。この種の議論は著名な論壇で多数の論者により行われている。
要するにポスト・プーチンの時代が始まれば、ロシアが西欧民主社会の一員だと云うことになる可能性は相当に高い。米欧と日本は協力して迅速にこれを実現するべきだ。日米欧はそれを外交上の最大の優先事項とするべきだ。
第二の柱はユーラシアとアジア太平洋に相当規模の経済圏を構築し、中国の参加を求めるのだ。寧ろ中国と共同作業をして「ユーラシア・アジア太平洋経済圏」と云った組織体を作る。手始めにユーラシア・太平洋地域でOECDに類似する国際機関を構想することも可能だ。このアジア版OECDを北京に置くことも一案だ。
このような構想を開始するとユーラシアに大規模に埋蔵されている鉱物資源やエネルギー資源を目ざして世界から更なる投資が集中し、ユーラシアは一つの躍動する経済圏(ユーラシア経済圏)となる可能性がある。日中印米欧露から投資が蝟集し、日中印米欧露の経済的な共栄圏のような実態が生まれる。
ポイントは中国をこのような日中印米欧露の共栄圏の中央に位置付けることで中国が相当規模の経済的利益を手にすることを可能にすることだ。こうすることで中国は「ユーラシアからアジア太平洋全域の平和と成長を生み出す経済体制を発展的に維持することが中国自身の利益だ」と云う認識を持つに至る。つまり中国がそれを否定したり破壊したりすると、自分が損をする仕組みを構築するのだ。
要するに先ず始めに、リスボンからウラジオストックまでの地域をユーラシア自由民主の帯にする。そして同時に、ユーラシアからアジア・太平洋地域全体の平和と繁栄を維持して行くことがどの国にとっても利益だと認識するように物事を工夫して組み立てていくのだ。こう云う状況を作り出せば、アジア太平洋で冒険主義的行動に出ようとする国は相当の熟慮をしなければならなくなる。新種の抑止力が生まれる。その限度でアジア版NATOの必要性は低下する。
<迅速な行動でロシアの民主化を実現する必要性>
勿論、この構想は問題なしとしない。最大の問題はポスト・プーチンのロシアに対して中国がどう対応するかである。卑見によれば中国はポスト・プーチンのロシアを自国の勢力下に置こうとしている筈だ(7)。それが実現するとユーラシアは全体として中国の勢力下に陥る可能性が高くなる。ウラジオストックは事実上中国の所有物になる。
よって日米欧は共同して迅速に行動する必要がある。ポスト・プーチンの時代が始まれば、日米欧は最大至急で行動し、共同して新生ロシアを欧州自由主義の内懐に抱き込まなければならない。中国に先手を取られては深刻な事態が生まれるからだ。
仮にこのような展望を持つと、アジア極東の安全保障環境は現在の状況とはかなり違ったものになる。「アジア版NATO」と云う議論は必要だろうがそれだけに縛られない方が良い。日本を始め関係国はアジアを軸とする国際関係の将来をもう少し躍動的に想定して機敏に行動するべき時だ。
重要なことは新生ロシアとユーラシアの地下資源、エネルギー資源等を軸にして資本と技術の投資を相当大規模に進め、「パクス・ユーラシアーナ」的な発想、「躍進するユーラシア」的な発想を育てて行くべきだ。そう云う方向に持っていくことに成功すると「軍事同盟への依存を減らしても平和と成長の道はあるのだ」と云う議論を始めることが出来る。そういう議論を主流化して行くことに繋がる。
勿論、こと国際関係で楽観論は全くあり得ない。でも同時に何らかの「見通し」が無いと何も進まない。民主化に向かうロシア・ユーラシア大陸に世界から投資が集中し、いずれ日月を経て経済活動が相当程度に活発化する。新しい躍動を生む。こういう見通しを立てても、用心して確認しながら進む必要がある。それでもそれの方が「アジア版NATO」が醸し出す「対立的構造」よりは可能性を生むのではないか?新しい発想、新しい価値体系が生まれるのではないか?
<トランプ大統領はどう反応するのか?>
最後に非常に重要な点だが、トランプ大統領が「アジア版NATO」と云う概念にどう云う関心があるのかを確認する必要がある。周知の通り同大統領はNATOの欧州側加盟国の財政上の貢献が不十分だとして、強烈な不満を表明した。同氏は同盟と云う概念自体を軽視したのだ。欧州の指導者はまさに実存的とも云うべき深刻な日々を耐えた。アジア版NATOの構想を議論するならこの欧州諸国が経験した苦闘と苦難の実態を再確認しておく必要がある。
それにトランプ氏はこの構想を故意に曲解する可能性もある。それにアレコレ難題を持ち出し、日本は憲法上の制約との関係で結構深刻な事態に直面する危険もある。準備万端整えて進むべき時だ。しかし、アジア版NATOの発想がアジアの安定と成長に貢献する展開に発展して行く可能性がある点は確認しておきたい。
(1)アジア版NATOについての一考察
泉裕泰笹川平和財団上席フェロー(https://www.spf.org/spf-china-observer/document-detail064.html)
(2)アジア版NATOの議論開始 首相肝煎りで特命委―自民
(https://www.spf.org/spf-china-observer/document-detail064.html)
(3)石破新首相「アジア版NATO」構想はすべきでない…各国で異なる中国へのスタンス、軍事同盟は2国間がベストな理由
河野 克俊元統合幕僚長
(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/83485)
(4)MEPs call for new EU strategy to promote democracy in Russia
(https://www.europarl.europa.eu/news/en/press-room/20210910IPR11925/meps-call-for-new-eu-strategy-to-promote-democracy-in-russia)
(5)The EU’s Relations With a Future Democratic Russia
Wilfred Martens Centre for European Studies, July 2022
(https://www.martenscentre.eu/publication/the-eus-relations-with-a-future-democratic-russia-a-strategy/)
(6)“Putin Is Going to Lose His War” And the World Should Prepare for Instability in Russia” Anders Aslund, Foreign Affairs May 25, 2022
(https://www.foreignaffairs.com/articles/ukraine/2022-05-25/putin-going-lose-his-war)
(7)見えてきたプーチンが戦争する〝理由〟長期化で焦る中国
西村六善( 元外務省欧亜局長)23年5月22日
(https://wedge.ismedia.jp/articles/-/30332)
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