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2025-02-21 17:50
”暴君”の歪んだ「法秩序・公正」観の根源
鈴木 美勝
日本国際フォーラム上席研究員
「トランプ2.0」の頂点に君臨する米大統領ドナルド・トランプは、権勢をほしいままに暴君のように振る舞い始めた。偉大なアメリカの再建(MAGA)」を目指すトランプだが、就任後、大統領令に次々と署名、上意下達で米国第一主義の政策と命令を発信している。特に国家の歳入増のツールとして相次いで打ち出す関税策については、中国、カナダ、メキシコ、欧州連合(EU)ばかりではなく、日本も含めて世界が戦々恐々としている。トランプにとって現時点での最大目標は、株高と景気を維持し、来年秋の中間選挙に勝利すること。第1期政権(「トランプ1.0」)での挫折と失敗を教訓にパワーを全開させ、歪(ゆが)んだ「法秩序・公正」や「規範軽視」で押しまくる、その勢いは誰にも止められない。
◇怪物と化した「見習い生(apprentice)」
「トランプ2.0」の始動に合わせて日本でも公開された映画「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」が、話題を集めている。舞台は、米東海岸ニューヨーク。不動産業界で一旗揚げようとする27歳の「若造」が悪名高い辣腕弁護士から様々の法的な裏ワザを伝授されて、不動産王に成り上がって行く半生、そのトゥルー・ストーリーの映画化だ。指南役(メンター)の「師匠」は、1950年代アメリカの赤狩りに検事として深く関与した経験を持つ、百戦錬磨の弁護士ロイ・コーン。この「師匠」からニューヨーク・ビジネスの手法を教わったのが「見習い生(アプレンティス)」、若き日のドナルド・トランプだ。その時、トランプが徹底して教え込まれたのが、三つのルール。第一、ビジネスは「攻撃、攻撃、攻撃あるのみ」、第二、「何があっても非を認めず、全否定で押し切れ」、そして第三、「劣勢になっても勝利を主張し続け、勝利を宣言し、決して負けを認めるな」─。このルールは、ニューヨークの不動産王となって財を成し、21世紀になって米国の最高権力をつかみ取った政治家、トランプの行動原理ともなった。
特に第三のルールは、2020大統領選でトランプの本領として遺憾なく発揮された。民主党候補ジョー・バイデンに敗れながら「大統領を盗み取られた」と言い続けて負けを絶対に認めなかったー否、今もって「敗北」を認めていないトランプの歪んだ「法と秩序、公正」観と「規範」軽視の姿勢に、如実に表われている。ウクライナ停戦の仲介に意欲を示すトランプだが、この歪んだルール感覚を国際政治に持ち込めば、世界は一段と混沌(こんとん)としてくるだろう。2人の関係は、「師匠」コーンが〝隠れゲイ〟として生活を送る中でエイズ(後天性免疫不全症候群)を発症、1986年に59歳で没することで終わるが、73年に知り合って以来それまでの間、「見習い生」としてコーンから叩(たた)き込まれたやり口は、大統領トランプの「現在形」となっている。要は、勝つためなら手段を選ばない、相手を誹謗(ひぼう)中傷して歯に衣着せぬ脅し文句を突き付ける、そして、容赦なく相手を叩きのめす―。トランプは、野心渦巻き、カネと権力が絶対視される不夜城ニューヨークが生み出したモンスター、誰もコントロールできない怪物と化した。映画「アプレンティス」の監督アリ・アッバシに言わせれば、「成功と金と権力が、正義や良識に勝る」という「アメリカ的なシステムの中にしか存在できない」最強の怪物となった。
◇功を奏した対トランプ3原則
その怪物トランプが2025年1月20日、米大統領に返り咲き、就任早々、トップスピードでMAGAへの道を走り出した。矢継ぎ早に放たれた大統領令、その署名の数はデイ・ワンだけでも30本近くに達した。移民、外交安全保障、歳出削減、エネルギー、DEI(多様性・公平性・包括性)、貿易等々─その後も、おびただしい数の大統領令を連発、大統領権限の拡大をひたすら図っている。そんな折りも折、2月7日、就任後2番目の賓客として、米ホワイトハウスでこのモンスターと向き合ったのが、首相・石破茂だった。昨年11月の第2次内閣誕生以来、トランプとの早期会談を模索した石破だが、暴君なみの悪評ばかりが伝えられる未知の大統領とあって、覚悟を決め、手探りで会談の準備を続けた。何が飛び出すか分からないトランプ政治にどう対応するか。危機感を持った縦割りの霞が関官僚が珍しく結束した。12月上旬、官房長官・林芳正をチーフにトランプ対策チームが立ち上げられた。チームは外務、経済産業両省などの局長、担当課長ら約10人で編成され、首相への全面的サポート体制が整った。「日米首脳会談に備えて、あれだけ準備をした総理はこれまでいなかったのではないか」(外務省幹部)。石破にインプットされた対トランプ3原則は、1褒め上げる2間違っても反論しない3発言は簡潔にして理屈をこねない─。実際、石破はトランプとの会談の中で、この鉄則を忠実にこなした。結果は上出来。「政財官一体の取り組みに、日本の底力を見た」(立憲民主党代表・野田佳彦)─野党からさえ評価の声が上がった。永田町政治に伝わる格言通り「首脳会談に失敗なし」―〝石破ミッション〟は完了した。
今回の首脳会談では「高望みはせず、最低限の合意、協議にとどめて、次の首脳会談につなぐ」(政府筋)。すなわち、1貿易赤字問題、関税絡みの話は回避する2外交安保分野では、拡大抑止強化への米国のコミットメントや尖閣諸島への日米安保第5条適用、インド太平洋構想の推進など日米安保の鉄則を確認するにとどめる─との日本側の狙いが成功した。成功の理由として、第一に経済面では「霞が関」総力戦体制の下であらゆる場面を想定、石破は実践的な模擬対話を徹底的に行った、第二に「トランプ1.0」で安倍晋三が築いた対米外交の礎を最大限利用、地図や図説を使って視覚に訴えるトランプへのブリーフの仕方手法も踏襲して首脳会談に臨んだ、第三に安全保障面は首脳レベルの意向と切り分けて、国家安全保障局と外務、防衛両省の精鋭が米ホワイトハウス(国家安全保障担当)と交渉、首脳共同声明づくりでバイデン政権の外交安保政策の骨格を引き継ぐ案文に仕立て上げた─ことの少なくとも3点が挙げられる。共同声明から、「法の支配」「国連」「G7」などトランプが忌み嫌うマルチ外交絡みの定番ワードが消えたのは、必然の理だった。トランプにとって、当面のトップ・アジェンダは、来年の中間選挙での勝利。そのためには、先端技術競争や経済戦争を巡る真の決戦相手である中国との戦いを見据え、米経済、国家財政を根本的に立て直して、いかに優位なポジションを確保するかだ。今回の石破訪米は、トランプには本格的なディールの機会ではなく、日米間に隙を作らず離間材料を中国に供しないことの方が重要だった。その結果、在日米軍駐留経費や防衛予算本体の増額要求もなかった。貿易赤字是正問題も関税も、共同記者会見で一言口にしたものの、首脳会談の議題に上らなかった。幸運にも、日本は、対米関係では暫(しば)し猶予を与えられたことになる。今後、この猶予期間に何ができるかが石破政権に問われる。
◇「投資」に反応したトランプの実利重視
石破との会談で、実利最優先のトランプの地金が見えた場面が一度あった。日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収問題に話が及んだ時だった。USスチール問題─日本側の最大の懸念材料がこの話だった。関係筋によると、席上、石破は、日鉄首脳の決断を念頭に同問題に言及、日鉄は「完全子会社化」計画を撤回する方針であることをトランプに伝えた。その上で、この計画の本質は「買収(acquisition)ではなく、投資(investment)である」と言明、日鉄首脳と会談するようトランプに要望した。「investment」─この単語がトランプに刺さるキーワードとなった。計画の真意が「投資」であるとの言い換えにトランプが同調、日鉄首脳との会談を許容した。日鉄とトランプを仲介する石破の役割は首尾よく終わった。が、日鉄が修正した計画を巡る調整は容易ではない。ポイントは、「USスチール」が米国の鉄鋼会社のままであるとの装いを整えつつ、実態は日鉄の技術を注入した質の高い新鉄鋼メーカーとして再生することだ。このため、出資比率や出資社(者)構成の在り方(関係筋)について、どう折り合いをつけるのかだが、水面下での調整は一気には進みそうにない。トランプとの会談は先送りされた。ここで決裂すれば、この計画は潰(つぶ)れる。日鉄側も慎重だ。「まだ2、3カ月はかかるのではないか」(関係筋)との見方が広がった。が、USスチール問題の突破口が開かれる可能性が出てきたのも事実。得意技のディールで実利を取りたい大統領トランプが「投資」という言葉に乗って来たことで、かすかながらも一条の光が差し込んできた。「トランプは名ばかりでなく、いかに実利を得るかを考え始めたのではないか」との観測も出始めた。石破とのやり取りで、トランプ流首脳外交の「プラス・ワン(実利本位の判断)」が垣間見えた瞬間だった。
◇結び─万能薬「関税」戦略の不気味さ
トランプ外交の不気味さを示しているのは、関税政策だ。「関税」は、「tariff man」を自負するトランプが歳入増大策ばかりでなく、対外政策全体のレバレッジとしても使おうとしている独自の外交ツールだ。昨秋の大統領選での勝利後、トランプは頻繁に、第25代大統領ウィリアム・マッキンリーの名前を口にするようになった。トランプが敬愛する大統領の筆頭に挙げて来たのは、反エリート主義・西漸運動・先住民の強制移住を推進したポピュリスト、第7代大統領のアンドリュー・ジャクソンであるのは、よく知られている。が、ここに来て、保護貿易主義の旗を掲げて帝国主義を推し進めた元祖「関税男」マッキンリーの名前が、〝トランプ構文〟に加わった。「辞書の中で最も美しい言葉は『関税』だ」─トランプは、関税を産業政策や外交安全保障政策の万能薬として活用しようとしている。さすがに、大統領選の時に声高に叫んだ「一律関税」の旗は降ろしたものの、相手国の事情を吟味しながらの「相互関税」政策の採用に踏み切った。既に宣言した鉄鋼・アルミニウムへの輸入関税や、自動車・同部品などの相互関税導入は、日本経済に甚大な悪影響を与えるに違いない。トランプの関税攻勢は石破訪米直後から再開した。トランプとの戦いは、これからが正念場となる。(敬称略)(時事通信【外交傍目八目】2025/2/18配信より)
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