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2025-07-04 10:37
欧亜連携の好機逸した石破首相
鍋嶋 敬三
評論家
北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議(サミット:2025年6月24-25日)は2035年までに国防費の対国民総生産(GDP)比を2%から5%への引き上げに合意した。欧州の負担が少ないと不満のトランプ米大統領の要求に応じたものだ。(トランプ政権はアジアの同盟国に対しても「5%基準」を要求している)。しかし首脳宣言ではウクライナ侵略のロシアに対する非難や中国の軍事的脅威への言及はなく、日本などインド太平洋パートナー4カ国(IP4)との連携もなかった。他方で在欧米軍の削減など米国の同盟軽視の姿勢も浮かび上がった。ロンドンの王立国際問題研究所(チャタムハウス)の論評で、抜け落ちた5つの課題に取り組むよう提言がされた。(1)ウクライナへの支援強化、(2)対ロシア戦略アプローチの再検討、(3)在欧米軍削減への備え、(4)防衛産業能力の構築、(5)対中国関係で助けとなるIP4との関係ーである。サミットの総括として「防衛の負担を米国から欧州に戻すプロセスの始まり」と結論付けた。
サミットと並行して英国が発表した国家安全保障戦略では「戦時下の状況も含め、直接的な脅威にさらされる可能性に積極的に備える必要がある」と警告した(英BBC放送)。"war scenario"との言葉も登場した。スターマー英首相は「不確実性が極めて高い時代に平和を当然と考えることはもはやできない」と、国家安全保障への投資の必要性と緊急性を国民に訴えたのである。ドイツも目覚め国防費増額のため、3月に憲法(基本法)を改正した。欧州はすでに「戦時モード」に入った。日本にまん延する「平和ぼけ症候群」とは正反対の厳しい現実認識が欧米の国家指導者に浸透しているのだ。
NATOは6月の国防相会議でロシアによる欧州侵略を想定した作戦計画、各国の軍備増強目標を策定したと伝えられる。マルク・ルッテ事務総長はチャタムハウスでの講演で対露抑止力確保に必要なドローン、ミサイル、戦闘機など迎撃能力を5倍に増強する方針を明らかにした。英国は安保戦略文書の発表と同時に、核爆弾を搭載できる米国製のF35A最新鋭ステルス戦闘機12機の調達を発表した。欧州は早くも「ウクライナ後」のロシアによる欧州侵攻を想定した切迫感がみなぎっている。石破茂首相は予定されていたNATOサミットへの参加を土壇場で取りやめた。サミット直前の米国によるイランへの空爆による中東情勢の緊迫化に備えるためのようだが、強硬なトランプ大統領の空爆は予見の範囲内だった。しかもトランプ氏は当初の欠席予定を変えて出席に踏み切ったのである。外務省、首相官邸の情報収集能力や政治判断の甘さを見せつける結果となった。
サミット2ヶ月前の4月9日、訪日中のルッテ氏と石破首相の会談後の共同声明では、(1)欧州・大西洋とアジア太平洋の安全保障は相互に連関し強固なNATOは日本に利益となる、(2)日NATO間の防衛産業協力の強化が共通の優先事項、(3)自衛隊と米軍を含めたNATO軍の共同訓練など軍事協力の強化ーなどで合意した。それならば、石破首相は万難を排してサミットに出席すべきだった。米欧の首脳陣と顔を合わせて直接、欧州・大西洋ーアジア太平洋にまたがる安全保障への日本の真摯な姿勢と貢献ぶりを売り込む絶好のチャンスだったのだ。それは「トランプ関税」に翻弄される日本の対米交渉にも梃子(てこ)としてプラスに働いたであろう。中国、ロシア、北朝鮮の軍事的連携が強まる中、台湾有事、日本に向けた核・ミサイルの増強など日本の安全はますます脅かされている。日本の安全保障強化のため欧州の関心をアジア太平洋に引きつける絶好の機会を自ら放棄した。悲しいかな、これが「戦時モード」の欧州とは対極にある「平和ぼけ」の日本外交が示す現実の姿である。
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