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2009-07-12 19:22

天野当選を機に、IAEAへの過大期待を糺す

吉田 康彦  大阪経済法科大学客員教授・元IAEA広報部長
 天野之弥氏がIAEA(国際原子力機関)次期事務局長に選出されたのは快挙だが、あまり過剰な期待をかけるべきではない。IAEAに対する誤解と錯覚が巷にあふれているので、ここでは2点だけ指摘しておきたい。

 まずIAEAは、「世界平和、保健、繁栄のための原子力の貢献を促進する機関」(憲章第2条)であり、核軍縮、核廃絶とは何の関係もない。要するに原発推進機関であって、核廃絶に向けての努力を天野新事務局長に期待するのはお門違いも甚だしい。天野氏は立候補の弁で、「広島・長崎を経験した唯一の被爆国から来た」と自己紹介したが、「だから原子力(核)は平和利用に限る」と訴えたのだ。そのためにIAEAが担当しているのが、核物質の軍事転用を阻止するための「査察」(を含む「保障措置」)である。「査察」を通して核不拡散に貢献しているわけで、その役割が評価されて2005年のノーベル平和賞を受賞したのである。実際は、この年には受賞に値する個人の目ぼしい活動がなかったために順番で受賞したというのが真相であった。2001年には国連とアナン事務総長(当時)が受賞している。2001年は同時多発テロが起きた年で国連が格別の活動をしたわけではない。国連の主要機関はこれまでにほとんどノーベル平和賞を受賞している。

 次に、IAEAは(国連のほかの機関と同様に)超国家機関ではなく、加盟国の意向を無視して行動できるわけではないということだ。国家主権は絶対なのだ。北朝鮮からも退去を命じられれば直ちに退去せざるを得ず、イランのウラン濃縮施設や(プルトニウム生産が可能な)重水炉の査察も拒否されればアクセスできない。“We are not nuclear police.”(われわれは核の警察ではない)というのが、筆者が仕えたブリクス前事務局長の口癖だった。

 天野氏は新聞記者の求めに応じて就任前に意欲的な抱負を語っているが、北朝鮮もイランも意のままになるわけではない。逆に超大国アメリカの存在も大きい。2003年3月、ブリクス、エルバラダイの新旧IAEA事務局長が陣頭指揮してイラクにおける大量破壊兵器の捜索を継続中、「もう少し時間を欲しい」と懇願したにもかかわらず、ブッシュ政権が米軍進攻を決め、フセイン政権を打倒してしまったのは記憶に新しい。結果は、核物質はもとより大量破壊兵器のかけらも出てこなかった。さいわいオバマ政権は国連との協調を重視し、IAEAの大幅予算増を認め、核不拡散体制強化に力を入れているので、天野新体制に順風が吹いていることは事実だ。しかし国際機関の権限は限られており、事務局長の意向で自由に動けるわけではないことを知っておいていただきたい。せいぜい提言・提案をして、国際社会の風向きを変えたり、あと押しをしたりするのが精一杯のところである。
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