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2010-09-26 23:10

(連載)中国漁船衝突事件の処理について思う(2)

吉田 重信  日中関係問題研究家
 いずれにしても、菅政権は、今回の措置により、一部に批判があるにしても、とりあえずは事態収拾能力があることを示したわけで、中国政府にもそれなりに評価され、また、日本の財界をはじめ多くの国民の支持を得るだろうと予測される。他方、今回の一連の事態の発生は、これまで日中両国政府が数十年の努力によって築いてきた、「日中友好関係」の基盤が極めて脆弱であり、いかに底が浅いものであるかということを浮き彫りにした意味もある。他方、米中関係は、第二次大戦において、「連合国」の同志として日本と戦ったきずながあり、また、近年はお互いを「戦略的パートナー」と呼び合っている。両国は、今や、一面では協調し、一面では抗争するという大国同士の「大人の関係」にある。この点に関連して、最近中国政府が、米政府に対し米中軍事交流の再開を呼びかけている動きも、注目される。日米関係の基軸には日米安保条約があるが、「それで十分」などと安閑としてはいられないのが現実である。「日米中三角形」は、世界の平和と安定の礎ではあるが、国際関係はいつの時代にも生き物のように流動的であり、つねに矛盾をはらんでいる。現に、わが国の代表的な新聞は、今回の事態とその過程を「日米中、入り組む三角形」と表現している。的を射た指摘であろう。すべてが「経済的利害」で動く時代にあっては、「安定と不安定」と「友好と抗争」は、一枚のコインの裏表であることを銘記すべきであろう。

 以上のような、かろうじて日米中を軸として平和を保っているアジア太平洋情勢において、今後、日本がどうような位置で存在し、いかなる役割を果たしていくかについて、日本は長期的な戦略的思考に基づいて模索していくことが求められている。さもなければ、下手をすれば、日本は日米中三角形関係の一辺を担う役割を失い、米中の「蚊帳の外」に置かれるはめになろう。1971年の米中接近の意味合いを、いま改めて想起すべきである。すなわち、当時、北京での米中首脳会談において、周恩来首相がキッシンジャー博士に対し、日本がその経済力を軍事力に転化する可能性に言及して、不安感を表明したところ、キッシンジャーは、周発言に同調しつつも、「日米安保条約は日本の過剰な軍備を抑えるためにある」と、いわゆる「瓶のふた」論を説いたという故事がある。日本には、世界にない「平和憲法」もあるのにだ。わが国民は、政府の「外交的失態」をあげつらい、中国を非難することによって、日中関係の悪化を招くよりも、政府とともに、いまだに脆弱で底の浅い日中関係をより安定させ、確固とした三角形を構築していく方策について知恵を出すべきときではないだろうか。

 9月24日、日本当局が中国人船長を釈放し、帰国させるという遅ればせながらの「大人の対応」をとったのに対し、25日、中国当局は「日本が船長を違法に拘束した」として「謝罪と賠償」を求める声明を発表した。これは、必ずしも予想されなかったことではなかったが、平均的な日本人は、中国当局の「強硬姿勢」には、かなりの違和感や反発を覚えたはずである。大多数の日本人は、中国とは平等互恵のよき隣人でありたいと願っている。2008年、尖閣列島近辺の海域で、台湾の遊漁船が海上保安庁巡視船「こしき」と衝突、沈没した事件を処理したときは、巡視船「こしき」の船長が、非を認めて、相手方の船長に謝罪の手紙を出した前例を想起する。しかし、今後、日本政府が中国政府の要求をすんなりと受け入れられるとは思えない。かって中国を侵略したときのような日本人は、もはや存在しない。まがりなりにも現在の日本人は、60余年にわたって民主主義を学習し、身につけてきた。日本政府もまた、それなりに過去の誤りに気付いている。日本はもはや、民意を踏みにじるようなことはできない国なのである。

 中国の指導部は、内政において「和諧論」をスローガンに掲げている。「和諧」は、国際社会、対外関係においても、重視されるべきすばらしい理念である。日本国内の右派言論人や右派系媒体が、日中両国の「友好」を損なうことを期待して、偏狭なナショナリズムを煽っているさなか、「内政干渉」の誤解を受けないことを願いつつ指摘するならば、もしも中国内に「対日(外)強硬派」のようなナショナリズムに凝り固まった勢力があって、中国当局に一定の影響力を及ぼしているようなことがあれば、それは、日中両国の未来にとって不幸な結果をもたらすであろう。両国当局と人民とは、それぞれに自制と自戒を忘れることなく、両国にとって好ましい出口を探すことが喫緊の課題ではではないだろうか。(おわり)
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