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2010-12-07 23:33

核不拡散と東アジアの安全保障

河村 洋  NGOニュー・グローバル・アメリカ代表
 駐日アメリカ大使館の主催で「日米同盟の将来:東アジアの安全保障と核政策」と題されたシンポジウムが、東京アメリカン・センターで11月29日に開催された。このシンポジウムでの主要テーマは、日米両国が「核の傘」に依存しながら、「核なき世界」という共通の政策目標をどのように達成するかであった。中国の平和的台頭と北朝鮮のならず者的な行動は、日米両国共同の安全保障イニシアチブに深刻な挑戦を突きつけている。日米双方からは、ベテランと若手の世代を代表するパネリストが招かれた。以下に、その概要と私の所感を述べてみたい。

 まず、Pacific Forum CSIS のブラッド・グロッサーマン氏から「アメリカ側には日本とのより対等な同盟を受け入れる準備がある。日本は世界の中での自らの立場を明確に規定する必要がある。中国と北朝鮮の脅威は急激に増大しているが、中国の平和的台頭が長期的な不確定要因となっているのは、どのような意図で軍拡に走っているのかが不明確だからである」との発言があり、これに対し、 一橋大学準教授の秋山信将氏より「中国の指導者達は、核兵器の『先行不使用』を宣言しながら、日本と台湾をミサイルの標的としている。冷戦期のソ連と違い、中国にMADは適用しにくい。問題は、中国が急激な経済成長と歩調を合わせるように軍備を増強していることである。北朝鮮については、今回のヨンピョン島の一件のような小規模攻撃には、核抑止が効かない。韓国、アメリカ、日本のいずれもが戦闘のエスカレートを望んでいないからである」との発言がなされた。

 私は、中国が北朝鮮に圧力をかけることに消極的である以上、最後の手段としてレジーム・チェンジへの準備が重要と考えたが、その後の質疑応答に移ってからの主な発言としては、民主党の橋本勉衆議院議員から「アメリカはイラクを攻撃しながら、北朝鮮は攻撃しないのはなぜか」との質問があった。パネリスト達の返答が、両国の報復軍事力の差(通常兵器と核兵器の差)に終始したのは残念であった。私見では、サダム・フセインの拡張主義的な野心にこそ言及すべきであった。サダムはクウェートとイランに侵攻し、少数民族のクルド人を毒ガスで大量虐殺した。バース党体制はアラブ世界での支配的な地位を目指しており、1991年のクウェート侵攻は、サダムがスエズ運河を国有化したエジプトのナセルに自らをなぞらえて行なった。また、バース党はイスラエルの存在を否定していた。

テレビ朝日の記者からは「バラク・オバマ大統領が横浜でのAPEC首脳会議のために訪日した際に、広島と長崎を訪問しなかったことは、日本国民を落胆させた」との意見が表明された。しかし、私は尖閣諸島をめぐる中国との紛争、朝鮮半島の緊張、ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領による突然の国後島訪問といった事態を考慮すれば、同記者の見解には同意できない。東アジアの安全保障が致命的に脆弱な現状では、アメリカ大統領の広島・長崎訪問は「弱腰な謝罪姿勢」と受け取られてしまうからだ。ベルリンの壁の崩壊から世界金融危機にかけての時期の「勝ち誇った」アメリカに批判的な者達は、オバマ大統領の広島・長崎訪問を歓迎するであろう。しかし、注意すべきことは、そうした意見の持ち主の殆どが左翼であり、本質的に反米的なことである。現在優先すべきことは、脅威への対処であって、優しく人道的な態度を示すことではない。

 新STARTの批准問題も議論の的になった。全てのパネリストが、ロシアとの間で結ばれたこの条約の批准を拒否するジョン・カイル米上院議員を批判した。しかしジョン・ボルトン元国連大使が指摘するように、新条約の査察条件は、ジョージ・ブッシュ・シニア大統領とボリス・エリツィン大統領の間で結ばれたSTARTⅡより緩やかなものである。帝政時代さながらのナショナリズムが高まる現在のロシアが、親欧米で自由主義的な国だった当時のロシアよりも信頼できるのだろうか?これは、シンポジウムでもっと議論されるべき論点であった。

 また、私は「西側民主主義諸国と専制諸国が衝突する現在の世界で、ロシアと中国を『責任ある当事者』とすることは可能か」と質問したが、パネリストたちは「各国にはそれぞれの優先事項があり、核不拡散が必ずしも最重要だとは考えていない国もある。たとえば、中国とロシアはイランと北朝鮮について西側と共通の懸念を抱いていない。そうした場合に我々がなすべきことは、ならず者の核拡散国家と経済関係を深めるようとする国には、それが自らの国益に反するのだと理解させるように導くことだ」と答えた。また、日印原子力協定に関して、私は「国民の反核感情を考慮すれば、これは日本の外交政策の大転換ではないか?」と質問したが、海洋政策研究財団研究員の向井和歌奈氏は「日本は外交政策を刷新したと言うよりも、アメリカのインド政策に追従し、核不拡散よりも財界の利益を優先した。これは残念だった」と答えた。ただ、フランス、ドイツ、イギリス、カナダ、韓国も同じような観点から協定を結び、ロシアさえも、欧米諸国を手本にインドとの原子力協定に調印している。そうした多国間の圧力の下で、日本に他の選択の余地があったのだろうか?後日になって、私はこのような疑問を抱いた。
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