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2012-07-15 11:33

薄熙来失脚と中国政治の深層

吉田 重信  日中関係研究所主宰
 薄熙来元重慶市書記は、本年春以来書記職を解任され、目下中央機関によって「審査」を受けている。その罪状や処罰の程度は公表されていないが、失脚であることは明らかである。過去の事例では、中国要人の失脚は党内の権力闘争の結果を反映するから、今回の事件も、薄が権力闘争に敗れたことを意味する。ただし、彼は、中央政治局員ではあったが、最高権力である常務委員会のメンバーではなかったので、党最高層における権力闘争の結果であるとはいえない。しかし、党内全般にわたる勢力関係に相当の波紋をもたらしたに違いない。今後、この事件が中国の政治動向にいかなる余波を及ぼすかについては、予断は禁じられているが、現時点での政治的意味合いについて考察してみたい。

 これまで中国の中央指導者たちの抜擢は、まず候補者たちに地方回りをさせて、地方で卓越した業績を挙げたものを中央の要職に引き上げるのが半ば慣例となっていた。この点で、薄熙来はこれまで大連市、遼寧省、重慶市などの重要拠点都市の書記などを歴任し、各地目立った業績を次々と上げ、いずれ中央に呼び戻されて要職につくと目された人物であった。とくに重慶においては、ユーラシア大陸を中心に太平洋と大西洋を結ぶという極めて野心的な開発計画を打ち出し、かなりの実績を上げるとともに、地元の暴力団組織の撲滅にも成果をあげてきた。また、彼はかっての副総理薄一波の息子としていわゆる「太子党」に属し、いまだに隠然たる影響力を持つ江沢民一派の覚えがよいとされ、中央にあって彼を支持する勢力は強いともみられていたので、いずれは次世代の中央指導者間の競争にダーク・ホースとして参加するのではないかと見る向きもあった。そのような彼が突然失脚したのであるから、驚かざるをえない。

 薄の行動原理には、目立ちたがりという性癖があったようである。これまで輝かしい成果を上げた彼は、自信過剰と慢心のあまり、つい過激に行動し、知らず知らずのうちに側近のみならず中央指導者の反感を買ったのではではないか。出る杭は打たれるというわけだ。他方、一刻も早く中央常務委員会入りを焦った挙句に、幹部要人の電話を盗聴するなどという異常な手段をとるにいたった。重慶では大衆に「紅歌」(革命歌)を歌わせるいわゆる「歌声運動」を主導するなど大衆を煽動する手法を発揮したので、現中央指導部内の穏健派の胡錦濤や温家宝などの勢力の反感を買った可能性が大きい。現に、温家宝首相は薄熙来追い落としの口火となる発言をおこなった。薄熙来は、「唱紅歌」運動を主導したので、彼を毛沢東に似た大衆煽動家とみる向きもあったが、一方で彼の経済開発の手法は資本主義的であったので、結局彼は身のほど知らずの野心家であったとの見方が多い。報道によれば、党中央の常務委員会で薄熙来の処遇について討議した際、意見は彼を支持する派と支持しない派の半々に分かれたが、訪米中の習近平の意向で、薄熙来の処罰が決まったとされる。次期最高指導者とみなされ、また薄と同じく「太子党」に属する習近平にとっては、将来自分の脅威となりうる薄を排除することに成功し、この結果、党中央において穏健派側は勝利したと解釈することも可能である。

 このような薄熙来失脚の事件には、彼自身の言動のみならず、彼の側近であった副市長王立軍の裏切りともみえる米総領事館への駆け込み事件や、とりわけ彼の妻の谷開来の殺人容疑事件など、側近や家族による異常な行為が絡んでいる点に特徴がある。かつての毛沢東に対する妻江青、林彪に対する妻葉群の関係などの例をみるまでもなく、中国の指導者たちの悪妻の存在が想起される。しかも薄熙来夫妻の数々の不祥事は長年にわたるものでありながら、結局側近による密告に至るまでは露呈しなかった。このことについては、中国共産党の体質にも責任があるだろう。中国は広いので地方の様子が中央には把握し難かったという事情もあるだろう。しかし、実力者が権力をほしいままにして専横が許されるという中国の政治社会的事情が反映しているともいえる。これは中国共産党が身内に甘い体質をもっていることを意味する。薄の失脚事件が今後終息に向かうのか、それとも次の波乱の導火線となるのか分からない。当面党中央としては、なぜ薄熙来の専横ぶりが長期間にわたり許されたのかについて、外部にきちんと説明する責任があろう。
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