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2013-01-18 15:24

桜宮高校の入試中止要請と日本の政治状況

玉木 洋  元大学教授
 桜宮高校の男子生徒の自殺はまことに悲しい事件であり、このような暴力が教育の場から直ちになくなるような厳しい対応が、今後の悲劇を防ぎ、故人の霊を弔う重要な方法であると思う。そして、この事件が起きた原因に、教育委員会や学校の対応、そこに存在する常識や風潮が誤っていたことが大きな原因をなしていたと思われ、それに対しての強力な対応がなければならないと思う。しかし、だからといって、桜宮高校の入試を中止するという橋本大阪市長の要請は乱暴である。既に多くの抗議が橋本市長に対して出されているとのことであるが、私も入試中止の措置には反対である。入試直前のこの時期に罪のない受験生に人生の取り返しのつかない損害を与えかねない入試中止を要請する橋本市長は、入試中止が与える影響の重さを理解できていない。

 もちろん、従来の教育委員会や学校の校長以下の運営スタッフは、狭い社会の中での仲間意識や惰性が、問題の根本解決を阻んでいた面があることを理解すべきで、大ナタを振るう必要があることは理解できる。例えば、生徒が正当な反論すらもできないような上下関係の中での一方的な暴力など決して許されないし、そもそも体罰は法により否定されているものである。どうしても思い切った対策を行いたいなら(そして成果を誇りたいなら)、橋本市長は体罰防止に直結する対策を徹底断行すればよい。例えば、暴行(体罰)教師の徹底調査と処分を当然の前提として、体罰防止のための常駐監視員を5人も桜宮高校に送り込めば、体罰は直ちに不可能になるだろう。しかし、体罰防止をしたい(その姿勢を派手に見せたい)からといって、罪もない、広い意味では被害者側にいる受験生や、あるいは入試中止により部活動にも多大な影響が生ずる在校生に、重大な被害をもたらす対応はとるべきでない。入試中止は要請は、センセーショナルな刺激を与えて、話題を作り、政治家としての橋本市長の人気を上げるためのものとの見方もあるが、そうだとすれば橋本市長の言動は許されない。

 日本の社会、日本の組織の風土として、組織内の平和を望み、仲間内の義理を優先して、組織全体のあるべき方向を見失う傾向のあることは、第二次世界大戦を含む日本の歴史の中にみられるところである。桜宮高校の事件に先立つ教育委員会や校長以下の学校当局の対応は、まさにその一環として理解されうるものである。他方で、昭和の末期ごろより、丁寧な分析を欠いても、反対者があっても、とにかく思い切った改革をやることが良いことだという風潮も出てきたが、これもまた大変危険なことである。その風潮が、一つには宮澤内閣時代に自民党を割った小沢一郎による守旧派批判による細川連立政権の成立であり、その際の小選挙区制の導入でもあったろう。近年では、2009年の総選挙での民主党政権への政権交代であり、近年の維新の会及び橋本市長の躍進も、そういった文脈でもとらえられるものであろう。

 しかし、すべての事案の対応策は、その効果と副作用を的確に分析した上のものでなければならない。大衆受けを狙うだけの思い切りは、単に混乱と破壊を招くだけである。「思い切った改革」というスローガンに合致するだけの単純な大衆煽動的な政治は、決して良い結果をもたらすことはない。橋本市長の政策や発言のすべてが間違っているというわけではないが、もし大衆の支持を得たいといった動機だけで政策を選択するようなら、それは政治の崩壊につながるであろう。橋本市長には、組織内の惰性や仲間内を守るだけの政治からの脱却と同時に、「過激な改革に見える政治なら、なんでもよし」とする風潮に呑み込まれない英知を期待したい。
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