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2006-12-13 13:21

インド世界から見た日本の核論議

岡本幸治  大阪国際大学名誉教授
 現代インドを概観するためかねて執筆を依頼されていた『インド世界を読む』(創成社新書)を書き上げ10月下旬に刊行したので、その後1ヶ月ばかりインドに滞在してきた。10月21・22日には東芝国際財団の資金提供により、JNU(国立ネルー大学)で日印関係を主とする東アジア・セミナーが開催された。最近の関心事を反映して報告は経済関連が多かったが、私が議長を務めた日本政治の変化をあつかったセッションでは、「日本が国連安保理の常任理事国になれないのは核兵器を持っていないからではないか」という質問が、インド側から出た。帰国して日本の保守系新聞を見ると、「日本の核武装に世界で賛成する国はない」と断言して核武装に反対している大学教授の講演要旨などが目についたが、この日米関係専門家は「世界」を本当に知っているのか、と気になった。

 中国や韓国が日本の核武装に反対するのは、国際政治・安保問題における日本の政治的影響力の拡大を防ぎたいからであり、米国政府が反対するのは(専門家には賛成意見も存在するが)、世界戦略の一環を担う忠実な同盟国として日本が従属する状態の継続が好ましいからである。しかし「世界」は広うござんして、少なくともインドやパキスタンが日本の核武装を非難することはない、と断言できる。近隣アジアや欧米だけが「世界」であり「国際社会」そのものであると勘違いしている外交問題専門家が日本には多すぎるようなので、ここでは核論議のご参考までに、インドの核問題を取り上げておきたい。

 インドが核実験に成功したのは1974年であった。中印関係は50年代には蜜月状態にあったが、チベット問題をめぐる確執に続き、62年に国境戦争でインドが中共軍に完敗して、両国関係は暗転していた。47年に分離独立したパキスタンとインドは71年までに三度の熱い戦争を戦っており、インドの第一の敵はパキスタンであったが、これらはいずれも通常兵器による戦争であり、しかもインドの勝利に終わっていた。インドの核武装は、パキスタンではなく、64年に核実験に成功して先行した中国の核に対するものであったことは明らかである。

 その後「敵の敵は味方」という政治力学が働いて、中国はパキスタンに核関連の技術を提供し、パキスタンの核武装を助けた。他方、インドにはソ連がさまざまな支援を提供して兵器体系のソ連化が進んだ。米国はといえば、79年以降ソ連軍のアフガニスタン進出に対抗するため、パキスタンに急接近して莫大な軍事・経済援助を与えたために、南アジアには、「パキ・中・米連合」対「印・ソ同盟」という「ねじれ冷戦構造」ができあがっていた。ソ連崩壊により冷戦が終了して以後、米国はNPTに印パを加入させて核拡散の防止を進めようとしたが、成功しなかった。
 
 インドからすれば、国境を接している中パという敵性国家による核脅威に対応するために、抑止力としての核保有は必要不可欠である。核不拡散の趣旨には賛同できるが、NPTは本質的に先発国の核独占を認知した不平等条約であり、核保有国は核全廃のタイムテーブルを明示せず、それに向けた努力をしないばかりか、中国のごときは核の技術をインドの潜在敵に供与しているではないか、というのがNPT不加入の根拠である。
 ところが今世紀に入り米国のインド重視策が明確となり、2006年の3月ブッシュが訪印して、NPTの非加盟国であるインドに対し核技術の提供を行うという協定を結び、この点で大きな変化があったことは周知の所と思われるので、説明を省略する。米国は交渉過程でインドが保有あるいは建設中の22基の原発すべてを国際査察の対象にせよという要求を出したが、インドは軍事用の原発についてはこれを拒否し、米国もこれを呑んだ。インドの国際的地位の上昇を端的に示すものとして、インドでは大きな外交的成果と見なされている。 さて日本人は、インドのこのような対応をいかに評価するか。

 一つのエピソードをもって今回の問題提供の締めくくりとしたい。
 98年にBJP(インド人民党)政権下のインドが第2回の核実験を行ったとき、米国とともに日本は経済制裁を行った。その時、法曹家からなる親日派の私の友人たちが、怒り心頭に発してデリーの日本大使館に抗議に出かけた。「中国はこれまで何十回も核実験を行っているが、日本は通り一遍の抗議をするか、せいぜい人道的援助を一時凍結したに過ぎない。ところが核実験技術の継承のために行ったインドの二度目の実験に対して、日本はODAの全面的停止という遙かに厳しい措置をとった。我々は日本をインドの友好国と見なしてきたが、日本は逆にインドを敵性国家と見なしているのか」というのが、彼らの質問であった。時の日本大使が何と返答したかを聞き忘れたが、さて皆さんが当時の大使であれば、何と答えられるであろうか。 
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