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2015-02-28 19:56

(連載1)ISISとイランの二重脅威にどう対処するか

河村  洋  外交評論家
 安倍晋三首相が中東訪問で「2億ドルの人道支援によってこの地域でのテロに立ち向かう」と表明したことは、ISISがインターネットで日本人人質2人の殺害を全世界に流したために、野党と一部のオピニオン・リーダー達からの批判の嵐となった。2月9日のJNNの世論調査によると国民の55%が「安倍氏の中東訪問は不適切だった」と答えている。しかし安倍首相がエジプトで2億ドル援助の演説を行ない、続いてイスラエルを訪問したことを人質殺害と関連付けるのは、あまりに皮相的である。ニューヨーク在住の文筆家である安田佐和子氏は「テロリストの真の目的は一般市民の間に恐怖を煽り、自分達の存在を誇示することだ」と語る。私は安田氏の見解に同意する。それはサダム・フセイン打倒後のイラクに関して、メディアがジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)への批判を繰り広げたために、反米テロリストが集結したという先例があるからである。安倍氏を擁護する声はアラブ側からも挙がっている。パレスチナ自治政府のワリード・シアム駐日代表は駐日アラブ外交団団長として、ISISを非難して「安倍氏に非はない」としている。

 人質両名の殺害は日本国民を震撼させたが、フィナンシャルタイムズ紙は1月28日付の記事で「日本は戦後の全方位外交から脱却して、自国の国益を守る必要がある。オバマ大統領自身が『アメリカはもはや世界の警察官ではない』と言うようでは、日本もオバマ政権のアメリカに信頼を寄せられなくなっている」と記している。そうした事情からすれば、日本は民主主義諸国の中核として中東の安定化のために何かをやる必要がある。さもなければ中東の石油に大幅に依存する自らの経済さえ持続できなくなってしまう。 問題は日本一国の狭い国益を超えたものである。安倍政権の積極的平和主義外交のブレーンとなっている日本国際フォーラムは、その第37政策提言で「日本は戦後の『一国平和主義』を脱却して自由主義世界秩序の強化に積極的に関わるべきだ」と主張している。この提言がそのポイントとしているのは、日本の再軍備でも、大国の地位追求でもなく、世界平和への脅威の抑制による真の「世界不戦体制」の構築である。安倍政権が打ちだしたイラクとシリアの避難民に対する非軍事援助は、積極的平和主義の考え方を実行に移したものである。ISISの登場は現行のウエストファリア体制を骨抜きにする重大な挑戦である。狂気とテロに支配された世界規模のカリフ国家の設立などは到底受け入れられない。そんな事態になれば平和と繁栄、そして国民の福祉という日本の存在基盤そのものが危機にさらされる。永田町での党利党略がどうあろうと、中東の脅威を抑え込むことは、日本にとって国益である。

 にもかかわらず、安倍首相の中東訪問のタイミングについて、「思慮を欠いた外交日程によって後藤健二氏と湯川遥菜氏がISISに殺害された」とする非難の声が国内で挙がった。我々の同胞が残虐に殺されたことはきわめて悲劇的である。しかし私は「安倍首相の中東訪問は日本の国際関与を訴えるうえで絶好のタイミングだった」と主張したい。まさに世界の公益に寄与するには理想的だった。安倍氏への非難では、こうした考慮はほとんど払われていない。私は別に安倍晋三氏を礼賛しているわけではない。しかしこれまでも本欄および姉妹版で頻繁かつ再三にわたって述べたように、バラク・オバマ大統領の恐ろしく間違った中東政策には深刻な懸念を抱いている。日本を含めたアメリカの同盟国はオバマ氏の失策を取り戻すためにも、とれる行動は何でもとるべきである。

 中東がISISによる蛮行と恐怖で震撼するような事態を許した最大の要因は、オバマ政権のイラク政策の失敗である。これは政権内での国防長官の頻繁な交代に顕著に表れている。ロバート・ゲーツ氏からレオン・パネッタ氏、チャック・ヘーゲル氏にいたるまでがイラクからの撤退を急ぐオバマ氏の政策に異を唱えた。政権発足前の移行チームの時期からオバマ氏のスタッフであったミシェル・フロノイ国防次官さえパネッタ氏とともに政権を去り、ヘーゲル氏退任後の国防長官への就任を受諾しなかった。オバマ大統領によるイラクからの性急な撤退で生じた力の真空は事態を非常に複雑にしている。ほとんどの論客がシリアとイラク西部のスンニ派過激主義者と旧バース党員の枢軸ばかりに目を向けているが、イランの支援を受けたイラク南部とレバント地域のシーア派ジハード主義者の脅威も侮れない。あまりにも多くのオピニオン・リーダー達が、事態を「未知数だけの方程式だ」との前提で語っている。そぁそ。この方程式で、もう一つの未知数、すなわちイランの影響については、彼らはそれを視野に入れていないようだ。 (つづく)
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