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2015-04-28 06:19

日米安保は世界規模の「双務性安保」に傾斜

杉浦 正章  政治評論家
 平たく言えば中国はやぶをつついて蛇を出した。GDP1位と3位の日米が安全保障上の協力体制を画期的に強化拡大し、2位中国に対する抑止体制を確立する結果を招いたからだ。これは中国国家主席・習近平の海洋膨張政策の一大誤算である。4月27日まとまった日米防衛協力の指針(ガイドライン)による1位と3位の圧倒的な軍事力は、その先進性と豪州との協力も相まって、欧州の軍事同盟・北大西洋条約機構(NATO)のレベルに近似するものへと変化した。2国間の軍事協力体制としては、世界有数のレベルとなるだろう。国家の危機に瀕して対応すべきガイドラインはいうまでもなく対中抑止力として作用し、予見しうる将来、中国の東シナ海・尖閣諸島に対する野心は挫折せざるを得ないだろう。中国による日米分断も不可能となった。

 冷戦下の1978年に、旧ソ連による日本侵攻への対応を念頭に置いてつくられたガイドラインは、97年の改定では、北朝鮮の核開発疑惑などを受け、朝鮮半島有事など周辺事態での協力を盛り込んだ。そして今回の中国の膨張を強く意識したガイドラインは、日米安保条約の実効性を、日本の憲法の許容するぎりぎりの範囲にまで拡大した。同条約は戦後片務条約として締結され、首相・安倍晋三の祖父・岸信介が1960年に集団的自衛権の行使を前提とした双務性の強いものに変化させたが、当時は社会党などイデオロギー政党の力が強く、政府自民党は双務性を打ち出すのをためらってきた。しかし中国公船や航空機による領海侵犯や、防空識別圏の設定、軍事的な威嚇行為という現実を前にして、もはや明確なる抑止力がない限り、領土領海の保全はなり立たない段階に立ち至った。朝日などが「安保条約の枠を越える」と批判を展開し始めており、一部野党もこれに追随するだろうが、本質は双務性の原点に戻っただけの話だ。

 日米外務・防衛担当閣僚(2プラス2)がニューヨークでまとめた新ガイドラインの核は、自衛隊の活動に地理的な制約をなくし、世界的な規模で米軍支援を可能にするところにある。存立危機事態では自衛隊はホルムズ海峡など海上交通路での機雷掃海を行うと明記された。当然中国が南シナ海で機雷を敷設した場合にも準用される。自衛隊の活動も大幅に拡大され、集団的自衛権を行使する場合の協力項目として弾道ミサイルが米国に向けた発射された場合の即応体制も可能となった。日本を防衛する米軍を自衛隊が守る「アセット(装備品)防護」も新設した。漁民を使った尖閣諸島占拠などグレーゾーン事態に対しても日米協力体制が整った。また集団的自衛権の行使は米国に対してのみ適用されるのではなく、豪州など密接な国への対処も盛り込まれた。

 総じてガイドラインは日米安保体制に基づき、アジア・太平洋における紛争の抑止と対応の機能を、平時、有事の切れ目なく果たしうるものへと拡大強化された。これは岸が改訂した時の趣旨に沿ったものであり、半世紀以上かかって日米軍事同盟は普通の国が行っている同盟関係に近づいたことになる。国内では左翼を中心に「アメリカの戦争に巻き込まれる」とする議論が盛んだが、これは全く逆だ。中国が尖閣諸島に触手を伸ばした場合は、アメリカを必ず相手にせざるを得なくなることが、文書で確立したのであり、戦争に巻き込まれる確率は一段と下げられることになるからだ。相手の戦意をなくすことが抑止力の基本であり、ガイドラインはその基本に忠実に沿ったものである。ガイドラインの基調に他国への“攻撃性”強化の色彩は見られず、主として「対中抑止」にとどまっていることも重要ポイントだろう。ホルムズ海峡での掃海活動の明記は、湾岸戦争以来の「対日安保ただ乗り論」を強く意識したものだろう。130億ドルという巨額な資金を提供しながら、国際社会から日本の貢献を無視されたトラウマが、今回の新ガイドラインに強く反映されているのである。その意味では4半世紀を経てようやく日本も、普通の国としての体裁を整えてきたことになる。日本の存立が脅かされるような事態において、自衛隊の後方支援活動に地理的な制約をなくすことは、画期的なルールの変更である。

 ガイドラインの作成が、安保法制に先だって行われたことは、筆者も順序が逆ではないかと思えるが、東・南シナ海における中国の進出は切迫しており、日米に気運が高まった時点で一刻も早くまとめたいという方針も無理からぬものがある。ガイドラインは法律でも条約でもない安保政策上の「指針」であり、法律が定まらないなかでの合意としてはぎりぎりの許容範囲であろう。例えば安保法制が真逆の方向に定まれば、政策の意図表明であるガイドラインは失効するが、圧倒的な自公勢力は予定通り延長国会の会期内に成立を図るだろうし、そうするべきだ。通常国会は会期の再延長はできないから、余裕を持った延長期間の設定が必要だ。日米首脳は4月28日、ガイドラインに沿って安保協力の強化を確認する。このうち中心となる「日米共同ビジョン声明」は、ガイドラインについて「力による一方的な現状変更によって主権や領土の一体性を損なう行動は国際的な秩序に対する挑戦となっている」と対中けん制色の強いものとなる方向だ。  
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