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2015-12-04 05:50

裁判では「民主党首相」の素質が問われた

杉浦 正章  政治評論家
 日本の元首相が現首相を訴えるという前代未聞の裁判の新聞報道が、第2社会面に小さく掲載されるとは驚いた。新聞社内の縦割りで裁判は社会部任せにするという癖が抜けない。ことは一国の首相の「素質」が問われた裁判であり、原発の過酷事故という重要課題への政治の対応をめぐる司法の判断である。政治部サイドの関連記事とか原発専門記者の解説とかもう少し扱い方があるのだろうが、最近の各社編集局長のニュース価値判断の“素質”はこの程度のレベルかと改めて思った。筆者は東日本大震災後の2011年5月23日の記事で【端的に言えば原子力事故発生途上にあった初期段階での官邸の対応は“知らぬ同士のチャンチキおけさ”であった。とりわけ3・11大震災直後の3月12日の首相官邸はその無能ぶりの露呈で歴史に残るものになると言えるのではないか。その中心に座った立役者が首相・菅直人と原子力安全委員会委員長・班目春樹であった】と書いている。その「無能ぶり」を同年5月20日に安倍晋三がやはり指摘したメルマガを元首相・菅直人が訴えた裁判で、菅が全面敗訴となった。

 メルマガで安倍は、原子炉への海水注入について「菅総理が、俺は聞いていないと激怒し、やっと始まった海水注入を止めたのは、何と菅総理その人だったのです」「海水注入を一時間近く止めてしまった責任はだれにあるのか?菅総理、あなた以外にないじゃありませんか」と断じた。これに対して菅は名誉を傷つけられたとして、安倍に約1100万円の損害賠償などを求め、東京地裁に提訴したのだ。2年にわたる審理の結果裁判長・永谷典雄は判決で、原子炉を冷やすための海水注入について「菅元首相には、東電に海水注入を中断させかねない振る舞いがあった」と安倍の主張を認めた。さらに判決はメルマガの記事について「記事は菅氏の資質や政治責任を追及するもので、公益性があった」として菅の主張をしりぞけた。 判決の指摘する菅の「振る舞い」については、当時読売や産経が詳しく報じており、筆者も上記の記事でこれに焦点を当てている。要するに、菅は冷静さを欠き、常軌を逸した行動の連続であった。筆者の記事は「振る舞い」を【 日本の危機管理にとって「3・12」は魔の一日だった。重要な事態が夜になって発生した。菅が班目に「1号機に海水を注入した場合、再臨界の危険はないか」と質問した。班目が愚かにも「塩水の注入は再臨界の危険がある」と返答したのだ。菅は信用し、原子力安全・保安院に対し「再臨界を防ぐ方法を検討せよ」と指示した】と書いている。安倍が指摘したように、菅は東電の海水注入について「俺は聞いていない」と注入にネガティブに反応、激怒している。

 こうした官邸の動きについて判決は「菅首相の気迫に押されて東電幹部や官邸のメンバーが再検討した経緯があった。菅首相には海水注入を中断させかねない振る舞いがあった」と述べている。事実官邸に詰めていた東電フェロー・武黒一郎が菅の意向を察知してか、東電に連絡、東電は始めた注水を中止した。東電は記者会見で、「首相官邸の意向をくみ」一時中断していたことを明らかにした。その後東電は海水注入が中断していなかったと発表したが、これで海水注入の継続は故吉田昌郎元所長の英断であった、という真実が確認された。菅の“手柄”などではさらさらない。菅はこれらの動きに先立って国のトップとして異常な行動をしている。筆者の記事は【まず官邸に腰を据えて陣頭指揮すべき菅が、格納容器の内圧を低下させて破損を防ぐベントを準備中の福島第一原発を早朝ヘリで視察して、ベントを遅らせた。これが水素爆発に至らしめる要素の一つになったのではないか。そのヘリに同席したのが班目だった。班目は機中で菅に「総理、原発は大丈夫なんです。構造上爆発しません」と述べて菅を安心させたのだ。この段階で水素爆発の可能性を指摘できないことが、まず委員長としての資質の欠如を物語る。その直後午後3時36分に水素爆発で建屋が吹き飛んでいる】と記述している。

 その後菅は、風評によるパニックをいかに抑えるかが政治の役目である時に、自らが“風評源”になってしまった。「本当に最悪の事態になった時には、東日本が潰れるというようなことも想定しなければならない」と語ったのだ。あっという間に情報は日本中に広がり、国民の間に動揺をもたらした。菅の脳裏にはチェルノブイリがあったようだが、核爆発であるチェルノブイリと東電事故は本質的に異なることが分かっていなかったのだ。また、東電が撤退など全く考えていないのに、本社に乗り込み「あなたたちしかいない。撤退など有り得ない。覚悟を決めてください」と東電関係者に強い口調で迫った。こうした首相の動揺ぶりが裁判結果に大きく作用したことは間違いない。判決は安倍の記事について「記事は菅氏の資質や政治責任を追及するもので、公益性があった」と、異例にも元首相の「資質」に言及して評価しているのだ。要するに、この裁判は菅の意図に反して民主党政権の首相の「資質」が問われる結果をもたらしたのだ。野田佳彦は別だが、有権者が民主党政権を選択した結果、史上まれに見る災害で首相がうろたえて誤判断をし、鳩山由紀夫の普天間移設「最低でも県外」発言が今に尾を引き、国の安全保障を危うくしかねない結果を招いているのだ。自らの能力の限界を理解していない人物が、民主党政権の首相であったように思える。菅は控訴する方針だというが、悪あがきは自らの「素質」を露呈するだけとなることが分かっていない。そもそも政治家の書いた記事について政治家が訴訟を起こすのは、国権の最高機関である国会の存在を無視するものではないか。言論の府にふさわしい論戦によって、黒白をつけるべき問題ではないのか。
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