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2016-04-19 06:06

政局展望をがらりと変えた熊本大震災

杉浦 正章  政治評論家
 熊本を襲った大震災は、会期末解散・衆参同日選挙など首相の重要政治日程を組み替えざるを得ない状況に直面させている。また消費増税の再延期または凍結も不可避となった。さらに大震災に対応する2016年度補正予算案も喫緊の課題となり、通常国会会期内で成立を図るか、延長国会で成立させるかも検討課題となっている。会期は参院議員半数の任期である7月25日まではぎりぎりまで延長することも不可能ではないが、高度の政治判断を要する問題となっている。首相が通常国会を1月4日召集、6月1日閉会としたことは、会期末解散、7月10日同日選挙を意識したものと解釈されてきた。しかし4・14熊本大震災の発生は、大局から見て政局展望をがらりと変えざるを得ないものとした。政局も地殻変動である。同日選挙もいわば党利党略であり、通常の政治状況ならあり得る戦略であったが、震災後1か月半で国会を解散するのは憲政の常道から言っても不可能の類いである。震災の粉じんも治まらず、塗炭の苦しみに国民が置かれている状況下で、政権与党の優位のみを目指して解散することは、困難であるうえに、国民の間に怨嗟の声が湧き起こる可能性が大きい。

 政府の熊本大震災への対応は1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災の経験をもとに、手抜かりのないものであり、自衛隊員2万5000人の投入など立ち上がりは迅速であった。首相・安倍晋三以下首相官邸の対応も落ち着いており、菅直人の原発事故でのうろたえぶりと比較すれば、民主党政権とは雲泥の差がある。しかし、地震対策の正念場はこれからであり、会期末までの政治日程は極めて立て込んでいる。G7サミットが5月26、27両日開催される予定であり、そこへ向けて首相の連休中の欧州、ロシア訪問などが予定されている。サミットの延期は困難と見られるし、予定通りの実現は可能だ。しかし、外遊日程そのものは流動性を帯びるかもしれない。外相など代理の派遣でしのごうとしても、サミット諸国は突発事態を考慮して了解するだろう。しかし、ロシア訪問は北方領土問題で極めて重要な位置づけとなっており、結局予定通り首相は訪欧日程をこなすことになりそうだ。ここに来て重要なのは、災害対策の補正予算案である。首相・安倍晋三は4月18日の国会答弁で「補正予算も必要では」との問いに、「あらゆる手段は講じていきたい」と述べ、補正予算案の編成検討に含みを持たせた。3・11東日本大震災の時は第1次災害対策補正予算4兆153億円を4月22日に閣議決定、同28日に国会提出、5月2日に成立させている。2か月弱で成立にこぎ着けた。今回もその段取りで行けば、会期末ぎりぎりか、延長国会での成立を目指すことになる。

 政治日程はサミットを挟んで極めてタイトであり、環太平洋連携協定(TPP)などの成否にも影響が生じる会期延長をどうするかが問題となる。自民党幹事長・谷垣禎一は15日の記者会見で、6月1日までの会期を延長する可能性について「ないとは言っていない。日程は非常にタイトだとは繰り返し申し上げてきた」と含みを持たせている。谷垣が「タイト」と言うのは参院選があるからだ。参院選挙の年は通常会期の延長は行わない。公選法32条1項で参院選は任期の終わる日の前30日以内に行うとなっているからだ。しかし同2項では任期切れが会期中となった場合の日程を定めている。したがって今回は参院議員の任期満了が7月25日となっており、それを越えて国会を延長することは出来ないが、同日までの延長は不可能ではない。しかし、政府としては地震対策に忙殺されるうえにサミットなど山積する外交課題がある。これに国会対策が加われば、政治力を分散されることになり、官邸には延長に慎重論が強い。

 一方で延長すれば、最大で約2か月の余裕をもたせることが出来、その場合の参院選は8月下旬となりそうだ。しかし、平成に入ってからの参院選は、会期を延長した場合なぜか自民党が敗退している。1989年は宇野宗佑が女性問題で惨敗。社会党委員長・土井たか子を「山が動いた」と喜ばせた。1998年には橋本内閣が惨敗、退陣に直結している。2007年には第1次安倍内閣で歴史的惨敗となり、参院自民党は民主党に第1党の座を譲った。仮に安倍が7月25日までの延長を断行した場合、いったん断念したダブル選挙が再浮上しないとは言えない。その意味からも政治日程上の選択肢は広がることになる。加えて、政策面では来年4月の消費増税が極めて困難となった。安倍は18日「リーマン・ショック級、大震災級の事態にならなければ、予定通り引き上げていく」と従来の答弁を繰り返したが、もうその段階ではない。「大震災級の事態」は、今そこに発生しているのである。大震災に増税の追い打ちをかける政治はあり得ない。4月14日に開かれた20か国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議も各国が金融政策、財政出動などを動員して成長を目指す方向で一致しており、サミット議長の安倍としてもこの潮流を踏襲せざるを得まい。したがって消費増税は延期か凍結の流れがいよいよ強まった。
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