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2016-05-12 06:12

原爆投下はトルーマンの「ダメ押し」だった

杉浦 正章  政治評論家
 時事通信にはその前身であった国策通信社の同盟通信時代から伝わる秘話がある。原爆投下以前から事実上日本が降伏へと動いていた事実と背景が伝わっているのだ。米国元軍人などの間では広島・長崎への原爆が多くの米軍兵士の命を救ったという意見が根強くあるが、投下した大統領・トルーマンの事後宣伝がいまだに利いているようにみえる。これが大統領・オバマが広島で「謝罪するかどうか」の論議につながっている。さらには原爆投下が必要であったかどうかの議論にも今後つながって行くだろう。筆者は、果たして原爆投下が必要であったかについては強い疑問を抱く一人である。投下しようがしまいが日本は息も絶え絶えの断末魔であり、降伏寸前であった。トルーマンはとどめを刺す「ダメ押し」のように原爆投下をしたとしか思えない。まず事実関係を述べれば、「全日本軍の無条件降伏」を求めたポツダム宣言が発せられたのは1945年(昭和20年)7月26日だ。アメリカ合衆国大統領、イギリス首相、中華民国主席の名で宣言された。中国の現共産党政権は全くかかわっていない。日本政府が受諾するかどうかは明白でないまま、広島への原爆は8月6日、長崎へは同9日に投下された。その結果、8月10日には、政府による「ポツダム宣言受諾」を同盟通信の対外放送で発信。このニュースは、ロイターやAPなどの海外通信社を通じて世界中に流され、戦勝国の国民は戦争終結の喜びに沸いたが、日本国民が知るのはその5日後の玉音放送による。

 しかし、既に降伏への動きは45年2月のヤルタ会談の時期から始まっていた。その翌月には外相・重光葵が東京駐在のスウェーデン公使と会って、本国政府に和平の仲介を求めている。ポツダム宣言まで日本は6か月にもわたって、和平について打診していたのだ。また無駄であったが、日本は原爆投下の2週間前に、ソ連に対して和平の方針を明らかにしていた。「しめた」とばかりにスターリンは北方領土占拠に出た。トルーマンも日本の外交電文を傍受して、和平への動きを承知していたと言うのが、歴史の常識だ。ポツダム宣言発表翌日の7月27日未明、政府は、直ちに閣議を開き、対応を協議した。その結果「拒否は危険であり、なお様子を見ることにしよう」ということになった。しかし時間稼ぎと軍部への配慮もあって、首相・鈴木貫太郎は「共同声明はカイロ会談の焼直しと思う。政府としては重大な価値あるものとは認めず、黙殺し、断固戰爭完遂にまい進する」とコメントした。

 当時同盟通信国際局長で後の時事通信社長・長谷川才次は、鈴木が「黙殺」という言葉と同時に、記者団から「宣言を受諾するのか」と聞かれて「ノーコメントだ」とも言ったと述べている。この「黙殺」発言は長谷川らにより「ignore it entirely(全面的に無視)」と翻訳され、送信された。この翻訳は正しかったが、これを見たロイターとAP通信は「reject(拒否)」と短絡して報道してしまった。こうして、増幅気味で、かつ微妙なニュアンスが無視されたまま、方針が伝わり、原爆が投下されるに到ったのだ。しかし、トルーマンが原爆投下を決定した背景は別のところにある、という見方が濃厚だ。投下しなくても日本の降伏は間近であったのにもかかわらず投下したのは、まず原爆開発のマンハッタン計画に当たって使用したアメリカ史上でも最高の19億ドルもの予算を、議会に事後承認させる必用があったことがあげられる。議会に「成果」を見せる必要があったのだ。さらに戦後のソ連の台頭をにらんで核開発の予算を獲得するためにも、実戦上の「効果」が必要だった事もある。もちろんスターリンに原爆保持のけん制をする必要もあった。深層心理には人種的偏見があったとする説もある。

 このトルーマンの決断には、さすがに民主主義国家だけあって、米国内部から批判が起こった。元大統領・フーバーはその回顧録の中で「トルーマン大統領が人道に反して、日本に対して、原爆を投下するように命じたことは、アメリカの政治家の質を、疑わせるものである。日本は繰り返し和平を求める意向を示していた。これはアメリカの歴史において、未曾有の残虐行為だった。アメリカ国民の良心を、永遠に責めるものである」と述べている。また 後にアメリカの第34代大統領となった、連合軍最高司令官・ドワイト・アイゼンハワーは「日本の敗色が濃厚で、原爆の使用はまったく不必要だと信じていたし、もはや不可欠でなくなっていた兵器を使うことは、避けるべきだと考えた」と、回想している。ホワイトハウスの報道官がさる5月10日、核廃絶に向けて「米国が特別な責任を負っている」と発言したのは、こうした時代背景の延長線上にあると解釈できる言葉と聞くべきであろう。日米両国の記者はホワイトハウス詰めも官邸詰めもこうした史実を理解しないまま、「やれ謝罪だ」と騒いでいるが、浅薄だ。政治家は時にボディーランゲージを読む事が必要なのだ。オバマが慰霊碑に献花すること自体が謝罪なのである。加えて核廃絶の演説で、感極まって涙を流すことも考えられる。そうすればその涙の一滴が謝罪なのである。もちろん言葉などは必要ない。

 ホワイトハウスは、オバマの広島訪問決定にあたって極めて慎重な態度を取った。とりわけ日本国民の反応を見極めるために、ジョン・V・ルース大使、次いでケネディ大使を「原爆の日」の平和記念式典に派遣して様子を見た。加えて、最後に国務長官・ケリーに献花させた。いずれの大使からもケリーからも、日本国民からの反発が感じられないとの報告を得たのであろう。ホワイトハウスは日本人の国民性をまだ理解していなかったのだろう。西欧も中東も半島も世界の民族はその多くが復讐のための戦争に血道を上げてきた。世界の歴史は報復の歴史だ。その尺度からすれば、日本人も原爆の復讐を考えるのではないかと思うのは無理もない。しかし日本は明治以来「復讐」の為の戦争はやっていない。加えて日本国民の感情の根底には「現状を受け入れる潔さ」とも言うべき「諦観」のDNA(遺伝子)があるのだ。これは度重なる地震や台風など大災害を経て培われたものであり、空襲も一種の大災害と受け止める諦観である。諦観があっての上での大災害からの復興であり、戦争の荒廃からの復興であったのだ。諦観を経たうえで前向き姿勢を取る民族なのだ。これが理解できないと「オバマを受け入れる潔さ」への解釈が困難だ。ホワイトハウスは勉強した方がいい。
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