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2016-05-20 07:59

(連載2)異端のウルグアイ前大統領とその香気

角田 勝彦  団体役員、元大使
 しかし、実際の政府の運営にあたっては、これでは済まない。倫理と経済はなかなか同じ道を歩まない。理想と実践は相克するのが常である。世俗での実践は、理想、特に宗教的信念からの妥協となることが多い。キリストにも「シーザーのものは、シーザーへ」、蓮如にも「額に王法、心に仏法」という言葉がある。なお、言うまでも無く、人間のカネ・モノへの欲望は、資本主義以前の原初からある。

 もともとムヒカは、中南米の左派大統領たちとは一線を画した社会主義者である。若くして旧ソ連に反発し、キューバのシステムには一時魅惑されて都市ゲリラ組織トゥパマロスに加盟したが、その後キューバの沈滞に失望した。ベネズエラのチャベス路線には「無理」と言っていた。彼は社会主義者だが、心の根底では自由を尊重するアナーキストでもあり、また「競争による資本主義の刺激の有用性」を認めている。彼は「疲れ果てた資本主義は、民主社会主義に取って代わられよう」と述べているが、最近では「自主管理の社会主義建設」を夢見ている。ロマンティストなのだろう。

 さてウルグアイには20世紀初め以来スイスに倣った民主社会主義建設の伝統があり、1950年代には「南米のスイス」と呼ばれる福祉国家になった。2大政党制が続いてきたことから、抑制と均衡の政治的伝統もあり、2005年からバスケス→ムヒカ→バスケス(大統領は連続再選禁止。アストリが三代にわたり副大統領格で経済担当)と続くウルグアイ社会主義政権も継続性を重視している。政権交代があっても行政と法規制の一貫性確保が努力されている。経済面では外資導入に力を入れた健全なマクロ経済政策が継続された。産業多角化、エネルギー開発、IT産業促進等にも努めている。パソコンの児童への無料配布も実施している。ムヒカもこの路線のなかにいる。なおムヒカの行ったマリファナ合法化は、ウルグアイ政治の伝統にもある前衛的実験の一つと見られるが、反対も強く、治安面で改善が見られるかどうかが注視されている。

 その社会主義政権の2004年~2014年の平均成長率は5.4%と南米諸国中もっとも高い。2009年のGDPは315億3200万ドル、一人当たりGDPは9427ドルだったのが、2014年は557億ドル、1人当たりの国民総所得(GNI)は16,360ドルになった。実質賃金は増大し、貧困層の割合も引き下げられた。このようにウルグアイの社会主義政権は、資本主義的マクロ経済政策の実施により経済成長と社会福祉を達成してきた。「強欲資本主義と決別」などの空虚な経済スローガンには「倫理」と混同しないよう注意する必要があろう。(おわり)
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