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2016-07-08 06:24

安倍は国民の改憲意識の成長を待つ

杉浦 正章  政治評論家
 参院選挙の結果は憲法改正に必要な3分の2を自民、公明など改憲勢力が達成する可能性を強めている。達成しなくても3分の2に迫る勢いであることは確実だ。首相・安倍晋三にとっては宿願の改憲に大きく前進することになるが、実際に最大の焦点の「9条改憲」へと動くかどうかは疑問がある。9条を持ち出せば、国論は完全に2分され、そのまま国民投票にかければ、反対派が勝つ可能性が強い。これはイギリスのEU離脱の国民投票と同じであり、政局を直撃して、安倍政権を退陣か解散・総選挙に追い込むだろう。あえて言えば、改憲がいくら自民党の悲願であるとしても、改憲しなければ明日からメシが食えなくなるわけではない。「9条改憲如き」に政権の命運をかける価値があるかということだ。既に集団的自衛権の限定行使で事実上の解釈改憲は成り立っている。天の与えた衆参3分の2議席は、アベノミクスの完成とデフレからの完全脱却、緊迫する極東情勢を前にした外交・安保に全力を傾注するのが賢明である。安倍が参院選で改憲のかの字も言わなかった背景には、安倍の描く大戦略がある。

 まず改憲しようと、しまいと、3分の2の議席を獲得して、政局運営のカギを握ることである。カギさえ握れば、あとの料理は鯛の刺身だろうが、スッポンの雑炊だろうが、政治の腕次第と言うことになる。政権基盤もこれまで以上に固まり、自民党内では4回の国政選挙に連続して勝った未曾有の首相への任期延長論が台頭するだろう。3年2期で18年9月で終わる任期を、あと3年延期して、オリンピックをまたぐ21年9月までとする可能性が高い。こうした基盤が出来た後、改憲問題にどう取り組むかだが、残り2年と残り5年では対応の仕方が大きく異なる。2年では改憲という大事業を達成できるかどうかは疑問だが、5年あればかなりの改憲が可能となる。安倍も出だしから脱兎のごとく駆け出すことはしないだろう。まず3分の2に達しない場合は、民進党内にある改憲勢力に手を入れようとするだろう。公明党代表・山口那津男が「社民と共産以外の改憲を否定していない勢力は、既に3分の2を越えている」と述べているとおり、“民進分断”が可能だからだ。3分の2に達した場合でも、野党の協力も求めつつ粛々と衆院の憲法審査会を始動させるだろう。ちなみに憲法改正の手続きは、まず改正案を憲法審査会の過半数の賛成を経て衆参本会議にかけ、同本会議がそれぞれ3分の2の多数で発議。周知・広報期間を経て国民投票にかける。国民は改正の条文ごとに賛否の判断をして過半数あればその条項の改正が決まる。

 問題は改憲の中身だが、いきなり9条改憲には向かわないだろう。同改憲は瀕死の野党にカンフル剤を与えてしまって、元気づかせ、やがて来る解散・総選挙に決定的な影響を及ぼしかねないからだ。いきなり9条改憲となればNHKの世論調査で「憲法を改正する必要がある」が27%、「ない」が34%という数字がそのまま出てしまうだろう。「平和憲法」の意識は国民の間に根付いており、これを共産党や民進党左派があおれば、乗せられやすい体質があるからだ。その場合の国民投票は、いくら国会で議席が3分の2あっても関係ない。大阪の住民投票で大阪都構想反対が僅差で勝ち、市長・橋下徹が辞職表明した。イギリスの国民投票でも、下院で離脱支持が147議席、残留が454議席と圧倒していても、僅差で離脱が勝ち、キャメロンは辞任表明した。直接民主主義は極めて危ういのである。こういう事情を安倍はよく認識している。民進党代表・岡田克也の「首相は憲法の平和主義をねじ曲げ、憲法9条2項まで変えようとしている。許していいのか」という発言は、まさに自民党副総裁・高村正彦が指摘したように「デマ」である。しかし、岡田は代表になって以来「徴兵制が施行される」などのオオカミ少年的なデマの発生源になっており、貧すれば鈍するを地でいっている。

 安倍自身も「自民党だけでなく与党、さらにはほかの党の方々の協力をいただかなければ難しい」と国会答弁している。ほかの党の方々とは民進党右派のことである。こうした安倍の気構えは当然憲法審査会の論議にも反映されるだろう。与野党が一致できるテーマとして、例えば私学助成金は現行では89条に抵触するという違憲論が強いが、これを是正するといった具合の問題処理だ。与党と大多数の野党が一致する項目を国民投票にかけた場合は、過半数で改憲が成立する可能性が高い。こうしたテーマを数点掲げて国民投票にかけ、国民の改憲意識を“成長”させ、“場慣れ”させる必要があるのだ。共産党あたりはそれでも9条改憲に道を開くとして反対する可能性が高いが、逆に孤立化は避けるかも知れない。いずれにせよ本丸の9条はこうした手続きを経たうえで改正すべきであり、最初から岡田の指摘するように9条改正に手をつける、という政治の選択はあり得ないと見るべきであろう。
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