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2016-07-14 06:34

THAADとPCA判決で中国一段の孤立化

杉浦 正章  政治評論家
 「矛盾」の語源は韓非子にある。「どんな盾も突き通す矛」と「どんな矛も防ぐ盾」を売っていた楚の男が、客から「その矛でその盾を突いたらどうなるのか」と問われ、返答できなかったという話に由来する。しかし米韓両国が7月13日「韓国南部の星州郡に配備する」と公表した「盾」の「THAAD(サード)」は北朝鮮ミサイルの「矛」を通さないばかりか、レーダーで北京を飛ぶカブトムシすら見える透視能力を持ち、ミサイル撃墜の「矛」となる。ただでさえ日米韓が優位に立っていた極東の軍事情勢を、圧倒的な有利に導くものでさえある。北の核ミサイル第一撃をTHAADでかわせば、後は北の滅亡があるのみ、と言う戦略上の激変を極東にもたらす。

 さらなる米国の戦略的目標は、中国・ロシアを念頭に置いた極東の軍事バランスの優位確立にある。とりわけ南シナ海で常設仲裁裁判所(PCA)判決によって中国封じ込めへの「矛」を入手した米国は、THAADにより東シナ海、極東でも封じ込めを可能とした。この結果南シナ海→東シナ海→日本海と続く第一列島線で対中、対露封じ込めの構図が描けることになるのだ。こうした図式を察知した中国は、ロシアを巻き込んで猛反発の連打を打ちまくっている。まず習近平とプーチンは先月25日の会談における共同声明で「THAADは地域の国々の戦略的な安全と利益に深刻な害をもたらす」と噛みついた。外相・王毅も「サードの配備は朝鮮半島の防衛上の需要を遙かに超えるものであり、どのように弁明しても無力だ」と発言した。

 それではこの高高度防衛ミサイル・システムの能力はどのようなものなのだろうか。従来、韓国も日本もパトリオットPAC-3などのミサイルに頼っていた。しかしパトリオットのシステムは、比較的小規模で展開しやすいかわりに、射程が短いため、高速で突入してくる中距離弾道ミサイルなどへの対処が難しかった。このため、パトリオットよりも高高度(成層圏よりも上の高度)で目標を迎撃するために開発されたのがTHAADである。在韓米軍に配備されるTHAADは1個部隊で、発射台6基とミサイル48発などで構成される。高度150キロでの迎撃も可能だ。注目点はTHAADで配備されるXバンドレーダーである。通常は600㌔、機能を拡大すれば1800キロの範囲まで探知が可能とされる。このレーダーは、すでにグアムや京都府と青森県にも配備されている。興味深いのは当初は対中関係を考慮してTHAAD配備をためらっていた朴槿恵が、なぜ習近平を捨てるかのようにTHAADの導入に踏み切ったのだろうか。その第一には北への恐怖心がある。北の最近の核・ミサイル実験はすさまじく、とりわけ中距離ミサイル・ムスダンの実用化が間近になってきている。にもかかわらず中国は、事実上国連決議などは無視して、北の核・ミサイル開発を野放しにしており、朴はようやく習近平が頼りにならないと分かったのだ。

 次に、経済関係で中国に大きく依存してきた韓国は、最近の中国の長期経済低迷で多くを期待できなくなった事があげられる。貿易も日米を軸に多様化した方が良いと考えたのだろう。こうして朴槿恵は昨年末の慰安婦合意で対日関係を是正し、対中蜜月を放棄して対米関係復活に大きくかじを切ったのだ。米国にしてみればもともとTHAADの配備は、韓国と中国を分断する絶好の道具としての意味もあり、朴槿恵に“踏絵”を迫り続けたのだ。今後は日米韓の一層の連携強化に向けて米国はリードするだろう。こうしてTHAADは来年末までに配備されることになった。米国の狙いは対中、対露戦略が絡む。THAADは北京やハバロフスクはもちろん、遠くは西安から南は上海までXバンドレーダーでお見通しとなる。軍隊の動き、人員配置などが手に取るように分かってしまうのだ。この相手に見られているが、相手の様子は分からないという状況は、国の安保防衛にとって極めて不安感を強くする。このため極東のパワーバランスの変化に対応するため中国、ロシア、北朝鮮の3国は接近せざるを得ない状況に立ち至った。

 とりわけ習近平は、北の刈り上げ頭のあんちゃんを毛嫌いしているが、今後は関係改善に動く可能性が強い。観測筋の間では7月27日の、朝鮮戦争休戦協定署名63周年に向けて接近の動きが生ずるとの見方がある。北のあんちゃんは、自分への中国のニーズが生ずる事になって、笑いが止まらない状況かも知れない。自分が行っている、核とミサイルの実験の効果が思わぬところから出てきたと、愚鈍にも鼻高々かもしれない。実際にも、金正恩体制は早期崩壊がないことにもなる。こうして日米韓と中露北の対峙は、筆者が前から指摘している極東冷戦の構図を一層深めてゆくものとみられる。
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