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2016-10-21 06:23

ドゥテルテ対策は経済重視で、安保深入りは避けよ 

杉浦 正章  政治評論家
 10月7日に筆者が指摘した通り、首相・安倍晋三はフィリピン大統領・ドゥテルテとの来週の会談で外交技術的にもまれに見る困難な対応を迫られることになった。ドゥテルテの対中急接近で、南シナ海における対中包囲網はその拠点フィリピンを当面失いつつあるからだ。しかし、ドゥテルテの“寝返り”は日本に向けられたものではない。オバマに向けられたものだ。その辺に打開の道があるのではないか。まず親日のドゥテルテを歓待して、習近平と同様に南シナ海問題に深入りを避け、経済関係の緊密化を前面に打ち出すべきだ。フィリピンからの輸入額は中国の倍に達し世界一の額である。日本との経済交流なくしてフィリピン経済は成り立たないのが実情であり、日比関係を犠牲にしてまで米比関係を取り持つ必要はない。まず日本が関係を維持して、クリントン外交が軌道に乗るまでつなげることしか手はない。それにしても中国はこすっからい。日本が招待するのを事前に察知して、急きょドゥテルテを招待してしまった。最初か後かは、ドゥテルテに与える印象に差がつき、後では自国への“誘導”効果も不利となる。しかし、逆に手の内が分かるから、それを逆利用することができる。中比合意文書を精査すれば、フィリピンにとってプラス面ばかりではない。文書では貿易や投資の拡大、鉄道などインフラ整備などを列挙したが、大部分が覚え書きである。資金の裏付けなど具体策が不明な項目が多い。中国はまだドゥテルテのやらずぶったくりを警戒している可能性がある。ここは中比関係の弱点の一つだ。

 さらに安全保障面だが、ドゥテルテの田舎の村長のような暴言に惑わされる必要はない。「米国にさよならを言うときが来た。軍事も経済も米国とは決別する」と対米断交を口にするかと思えば、再びオバマを「売春婦の息子」とののしる。ここまでくると並みの精神状態にないことが分かる。常に、外相や閣僚が弁明に回る。財務相・ドミンゲスは「我々は西側との関係を維持する」との声明を出したほどだ。ブレが大きく、直感だけで動く幼稚園児のような政治家であることが分かる。世論調査でも、国民は米国を「とても信頼している」と答えた指数が、66で最高だ。国民の感情とはズレがあるのだ。これは将来的に必ず政権の弱点となる。ドゥテルテはただひたすら中国にこびを売るための発言を繰り返したが、こびを売られた方も悪い気持ちはしない。習近平はまさに鴨が葱を背負ってきたとばかりに対応。南シナ海問題でも「2国間対話を通して対立を管理することが中比関係の発展の基礎になる」と述べた。加えて「すぐに合意が難しいものは棚上げできる」と語り、領有権問題の解決を先送りする意向も示した。習近平の2国間対話路線は、明らかに対中包囲網の分断に直結すると見なければなるまい。

 こうして日米を中心とする南シナ海での対中包囲網の形成は一頓挫をすることになった。マスコミは口をそろえて対中戦略の見直しを迫られると報じているが、果たしてそうか。筆者は対中戦略の基本には大筋において変化は生じてこないと見る。なぜなら中国の東・南シナ海における膨張路線に変化はないからだ。もちろんフィリピンを引き込むため、スカボロー礁の埋め立てなど露骨な行動は当面差し控えるだろう。しかし、中国はフィリピンを取り込んでしまえばスカボロー礁にこだわる必要もないわけで、ドゥテルテをおだて上げて、軍事的な結びつきにまで発展させることも当然視野に入れるだろう。従って、日米はこれまで通り、フィリピンとの関係を維持しつつ、インド、豪州、ベトナムなどと連携して包囲網を強化してゆけばよい。優柔不断のオバマと異なり、タカ派のクリントンもほぼ確実に包囲網の手を緩めることはないだろう。米国がフィリピンの軍事基地を撤去することもありえない。ドゥテルテは知らないだろうが、フィリピンの輸出は日本22.5%、 米国14.1 %、中国13 %、で日本が一位。輸入は中国15%、米国8.7 %、日本8%の順だ。いずれも日米合わせれば、中国を凌駕する。安倍はここを突くことも必要だろう。ドゥテルテに世界経済の構造をイロハのイから教えるのだ。フィリピンも麻薬撲滅という国家的な課題を背負っており、ドゥテルテの国内政治は手荒いことをのぞけば、うなずけないものでもない。麻薬患者の更生にむけての薬品など最先端医療技術で協力姿勢を示すのもよいだろう。

 問題は、ドゥテルテの政治姿勢がきわめて独断的で危ういことだ。四方八方に敵を作るやりかたは長続きしない。本人も動物勘が鋭いから「暗殺」の危険を常に感じていることは間違いない。地元の南部ダバオで行った演説で米国に対し「私を失脚させたいか?CIAを使いたいか?やってみろ」と述べている。米国が軍事的プレゼンスを持っている国では、不都合な指導者を排除しようとした例は、歴史的にも数多い。明白な例は南ベトナムで、大統領ゴ・ディン・ジエムを排除した例だ。殺害のクーデターに荷担したと言われる。後になって国防長官マクナマラはこの反ジエムクーデターに対して「ケネディ大統領は、ジエム大統領に対するクーデターの計画があることを知りながら、あえて止めなかった」と、ケネディがクーデターを黙認したことを証言している。将来的にフィリピンは何があってもおかしくない状態になるのだろう。来日の際に、ドゥテルテは天皇陛下にお会いする予定だが、天皇に関する暴言だけは事前に気をつけるよう注意しておいた方がよい。国民感情を刺激して、日比関係を大きく毀損するからだ。
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