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2016-11-09 06:07

北方四島帰属に玉虫色決着説台頭

杉浦 正章  政治評論家
 北方領土交渉が鼎(かなえ)の沸くごとき状態となってきた。ロシア経済分野協力担当相・世耕弘成は訪ロで経済協力を協議。国家安全保障局長の谷内正太郎が11月8~10日の日程でロシアを訪れ、プーチン側近のパトルシェフ安全保障会議書記とモスクワで会談、日露首脳会談に向けての最終的な詰めを行っている。首脳会談は、18日からのペルーのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会談の際と、12月15日の山口会談の2回行われる。極秘で進められている日露交渉の内容は明確になってはいないが、大きな潮流は、4島のうち国後・択捉については継続協議とし、歯舞・色丹を先行返還させ、平和条約締結に結びつけることができるかどうかに絞られているかのようだ。その際「国後・択捉の帰属は日本」とできるかどうかが最重要ポイントだが、日露の主張は激突しており、玉虫色決着説も台頭している。

 日ソ、日露交渉の概略は、1956年の歯舞・色丹返還に関する共同宣言のあと、93年に「4島帰属の問題を解決して平和条約を締結する」との東京宣言が出されたが、そのまま。98年には橋本龍太郎がエリツインに「4島の北に国境線を引き、当面はロシアの施政を認める」 という「川奈提案」を提示。2001年に森喜朗がプーチンに歯舞・色丹と国後・択捉を分けて話し合う同時並行方式による段階的な返還を提案して、今日に至る。一連の会談で注目すべきは、森・プーチン会談であろう。内容は極秘とされているが、(1)歯舞・色丹引き渡しの協議を進める、(2)国後・択捉の主権は日本にあるか、ロシアにあるかについて継続協議をする、の2点にあるようだ。首相・安倍晋三は当時、官房副長官として関与しており、これを起点とする交渉を進めているに違いない。

 ところが最近になってロシア側による対日けん制が激しくなってきた。プーチンが「条約交渉の締結期限を決めるのは不可能で、有害だ」と発言すれば、来日した露上院議長マトビエンコは安倍との会談後「日露間で島を引き渡すような議論はしていない。法的な根拠がないからだ。ロシアの主権は変わらない」と述べたのだ。明らかにプーチンは日本のペースでことが進展すれば、自らの80%にのぼる支持率に影響が生じかねないことを危惧しているのだろう。したがって、マトビエンコ発言もプーチンの意向を受けたものに違いない。こうした発言から見れば、水面下の交渉の焦点は、4島の帰属を日露いずれとするかに絞られていると見ることが可能だ。日本側の建前は「4島の主権(帰属)は日本にある」という線を、何としてでも貫きたいのである。ソ連が終戦のどさくさに紛れて日ソ中立条約の有効期間中に、一方的に破棄して4島を略奪した歴史的経緯を見れば当然だ。しかし、ロシア側は「現実に主権はロシア側にあり、日本に渡すことはあり得ない」という立場である。従って2島返還も、歯舞・色丹の主権を維持しつつ、日本側に「贈与」するとの立場だ。

 国後・択捉に至っては、返還どころか軍事基地化の様相を強めている。中国が東・南シナ海に加えて北極海にも進出し始めているからだ。中国の戦艦が最近頻繁に大連から日本海を抜け、千島を横切って、北極海経由でヨーロッパに向かうケースが生じている。これを安保上の問題ととらえて、ロシアは千島列島中部のマトゥア島(日本名は松輪島)で、新しい海軍基地の建設を今年中に着手する方針を決めている。国後・択捉に3500人駐屯させている軍隊も増強する方向のようだ。中国の覇権へのけん制が主目的であるとみられている。従って国後・択捉の主権を認めるどころか、自らの主権の“強化”に取り組んでいることになる。従って国後・択捉返還などは夢のまた夢であるのが現実であり、首相・安倍晋三は、交渉を進めるにはもっぱら「歯舞・色丹返還+α」に基点を置かざるを得ないのが実情だ。その歯舞・色丹すら、主権はロシアにあるが、「贈与」するというのでは、日本のメンツは全く立たない。従って日露交渉は「決裂」の危機すら内包しているのが、実情だろう。プーチンが平和条約の締結交渉の期限を切らないのは、狙いが経済協力の先取りにあるからだ。「やらずぶったくり」ならぬ「返さずぶったくり」の様相すら垣間見える。

 こうした中で様々な打開構想が生じている。安倍もプーチンも国内的なリスクを抱えることでは立場は同じであり、リスクを回避するには、会談では帰属問題に深い言及を避け、国内的にはそれぞれが独自の説明で切り抜ける方策だ。歯舞・色丹については、日本は国民に「返還」と説明し、ロシアは国民に「贈与した」と説明するという便法だ。これなら異論は封じやすいかもしれないが、高度の政治決断が必要となる。まさにラクダが針の穴を抜けるような困難さを伴うものだが、もう一つある。日露専門家筋によると、合意項目の中に「今後合意した場合以外は国境線は変更しない」などの一文を挿入することだ。この文言についても日本側は、合意した場合には国境線を国後・択捉以北とすることが可能と受け取れるが、ロシア側は合意しない限り国境線は変化しないと説明出来る。これらの構想は、大きな会談成功に向けてのものだが、忘れてならないのはやはり「返さずぶったくり」である。日本が経済協力をてこにすることは、対露交渉の定石だが、過去に成功したケースはない。今回は規模も過去とは比べものにならないものとなるが、狡猾なるプーチン外交で先進7カ国首脳会議(G7)の分断を図られては元も子もなくなる。安倍が押し出しすぎると、その力を利用されて、ともえ投げを食らいかねない。4島に固執するあまりに、安易な妥協をすべきでない事は言うまでもない。もちろん総選挙などを意識するのは、相手に隙を与えることになる。まさに安倍は正念場を迎える。 
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