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2016-12-17 07:03

4島での「共同経済活動」ほど危ういものは無い

杉浦 正章  政治評論家
 プーチンは首脳会談で相手に催眠術をかける特殊能力を持っているのではないかと思いたくなる。前のめりの勢いを利用されて、巴投げで完全な一本を取られたのに、安倍は記者会見で「ウラジミール、君は」と親しげに10回も呼びかけた。ピントが狂っているのだ。おまけに日露経済人の会合では「後世の人々は2016年を振り返り、日ロ両国の関係が飛躍的な軌道に乗った1年だった、と意義づけるだろう」と高らかに会談の成果を訴えた。領土問題が1ミリも進展せず、全国民が落胆していることに気付いていない。驚くべきことは、ひたすら安倍にすり寄っていた自民党幹事長・二階俊博までが正面切って批判したことだ。ばくちをはびこらすカジノ法といい、南スーダンの自衛隊への駆けつけ警護といい、どうもここに来て安倍は支持率の高さに舞上がり、平衡感覚のピントが狂い始めたかのようである。政権も長期化すると周りにごますりばかりが増えて、本人は裸の王様になってしまう兆候ではないか。安倍は「危うき」に近づきすぎた。8対2でプーチンに破れたのだ。率直に国民に会談の不調をわびるべき時なのに、あたかも返還に向けて突破口を開いたような強弁は慎むべきだ。

 2日間にわたる日露首脳会談は、筆者が一貫して主張しているとおりプーチンの「食い逃げ」が一段と確実視される会談であった。プーチンは日本の経済協力のみを目当てにして来日したのであり、その発言から見る限り、領土問題での譲歩はそぶりすら見られなかった。その原因は、ロシア側には返還の意図のかけらもないのに、安倍が国民の期待値を高めてしまったことにある。一連の首脳会談を振り帰れば、安倍は5月には「新しいアプローチ」、9月には「手応えを強く感じとることができた会談だった。道筋が見えた」と最大限に期待値を高めた。そして11月になって「簡単ではない」に変化したが、国民の間には16回も会談するのだから「めどくらい立つだろう」との期待が残ったのだ。その淡い期待も打ち砕かれたのが、今回の会談の位置づけだ。

 外務省にも責任がある。省内にはいわゆるロシアン・スクールを中心に、「主権の問題の壁がある」と首相を諫める向きもいたが、経済先行で領土返還につながると信じ込んだ安倍は、これらの慎重論を遠ざけ、もっぱら自分に近い外務次官杉山晋輔らを重用した。加えて、歴代首相の多くが「危ない」と遠ざけてきた新党大地代表の鈴木宗男とたびたび会談、その経済協力で「釣り揚げる」路線を突っ走った。森喜朗の二島先行返還論にも影響を受けたようだ。こうした中で12月になって、一部報道で安倍のもっとも信頼する国家安全保障局長谷内正太郎が安全保障会議書記パトルシェフに対し、引き渡し後の北方領土に米軍基地を設置する可能性を否定しなかったという情報が流れた。本当なら、まさに側近がぶちこわしともとれる動きを見せたことになる。この北方領土の米軍基地化の話が、プーチンが記者会見でも言及していたが、ここに来て最大のネックになった形跡がある。北方領土返還反対論の外相ラブロフと国防相ショイグが連名でプーチンに書簡を送り、反対したといわれるのも、この安全保障上の理由からだとみられている。

 会談で一致した4島での「共同経済活動」について、安倍は「平和条約交渉に向けての重要な1歩だ」と胸を張ったが、果たしてそうか。逆にロシアの4島支配の基盤強化につながるものではないのか。ロシアは経済支援をもとに、ますます軍事基地化を強化しかねないではないか。肝心の日露どちらの主権を認めるかについては、日本は主権に固執した特例的対応を求めているが、声明では「平和条約問題に関する立場を害さない」とあいまいで、法的問題については不明確な表現にとどまった。本来なら日本の主権を明確にしないままで共同経済活動などすべきではないが、不明確なまま今後の折衝に委ねられることになっている。交渉は難航するのではなく、難航させるべきであろう。今からでも遅くはない。3000億円の経済協力を人質にとって、譲歩を迫るべき時ではないか。安倍政権の交渉力が問われるところだ。“プーチン催眠術”から安倍が、一日も早く目覚めることを祈るが、会談であらわになったのは先行きの不透明さでしかない。安倍は「私たちの世代で終止符を打つ」となお意気込むが、再来年に大統領選を控えるプーチンは、妥協するどころか、これまでの合意より一歩も出ていない。さらに後退させかねない姿勢だ。おまけに対露制裁を延長しようとしているG7の足並みを乱しかねない。安倍は「領土問題は主権の問題であり、他国が干渉すべきではない」としているが、問題は経済協力優先の方向なのだ。G7から結束への影響を批判する声が生じる懸念がある。

 国内政局にも微妙な影響を及ぼすことが予想される。問題は、党の要の二階までが批判に転じたことである。二階は記者団に「日本側としては、領土問題を解決し、平和条約を早期に締結することが課題であり、経済問題も大事かもしれないが、人間は経済でだけ、生きているわけではない」と述べ、さらに「ロシア側には『もう少し、真摯(しんし)に向き合ってほしい』と鋭く切り込んでいくべきで、国民の大半はがっかりしているということを、われわれも含めて、心に刻んでおく必要がある」と、厳しく安倍を批判した。確かに核心を突いた正論である。安倍の支持基盤である党内保守派も不満がうっせきしているといわれる。安倍が首脳会談の成果を信じ込んでいるとすれば、これだけで解散に打って出ることもあり得ないことではないが、それこそ「殿ご乱心」の類いであり、野党を利するだけだろう。読売のごますり社説の見出し「領土解決への重要な発射台だ」などという見方に踊らせられてはならない。4島の「共同経済活動」ほど危ういものはないのだ。
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