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2017-04-08 06:57

米のシリア空爆で度肝を抜かれた習近平、プーチン、金正恩

杉浦 正章  政治評論家
 一挙に米国のリーダーシップを回復させ、四方八方に目配りしたこの見事な世界戦略は、トランプの立案とは思えない。おそらく国家安全保障担当大統領補佐官マクマスターが国家安全保障会議(NSC)をリードして成し遂げたに違いない。解任されたマイケル・フリンの後を継いだマクマスターは政権のダークベイダー・スティーブン・バノンをNSCから追い出したが、この“政変”もシリアをめぐる中東政策の違いが原因ではないかと思えるくらいだ。シリア空爆をあえて「見事な世界戦略」と形容するのは、フロリダで会談中の習近平、シリアに存在感を増すプーチン、増長の極みの金正恩の度肝を抜いたからである。加えて35%まで落ちたトランプ支持率を大きく押し上げる効果も生じよう。なぜならアサド政権への攻撃は道徳的な側面が強く、米国民の好きな正邪の戦いでもあるからだ。まさに八方にらみ、一石四鳥の世界戦略である。朝日は8日付け社説でミサイル攻撃を「無責任な単独行動」と相変わらず唯我独尊的に批判しているが、放置すればアサドは図に乗って毒ガスをばらまく。それでいいのか。首相・安倍晋三がトランプの決断を支持したのは、全く正しい。読売も社説で安倍を支持している。

 度肝抜かれのナンバーワンは習近平であろう。華麗で和やかなる晩餐会は東部時間午後8時から9時半まで続いたが、事もあろうにトランプはその最中の午後8時40分にトマホーク巡航ミサイル59発をシリアのシャイラート飛行場へと発射するよう指示していたのだ。トランプがこれを習近平にささやいたかどうかは分からないが、おそらくささやいていないだろう。なぜなら空爆の成功を確認できないうちに、言えることではないからだ。トランプが発表したのは空爆成功を確認した食事後であり、習近平はその後知らされた可能性が高い。もともとシリア政府軍攻撃は急ぐ話ではなかった。2日や3日遅れても問題が生ずる話ではない。従ってトランプは“わざと”晩餐の時を狙った可能性が高い。まさに巧妙なる“作戦”に、習近平はこけにされたことになる。トランプのアッパーカットを食らって、今日の米中首脳会談までに態勢を整えるのに懸命の有様が目に浮かぶ。

 次に度肝を抜かれたのはプーチンだ。プーチンはトランプを米大統領選挙で陰から助けたといわれており、対露強硬路線のクリントンが政権を担わないでほっとしていたところだろう。イランとともにシリア内戦に介入して、冷血動物のようなアサドを支持し、アサドがサリンのような神経ガスや塩素ガスなどの化学兵器を使ったことを否定してきた。プーチンはトランプが親露である以上、一挙に攻撃には出まいと誤算していたのだ。しかし、プーチンの主張とは逆にミサイル攻撃が、化学兵器による爆撃の拠点となったシリア中部のホムス空軍基地に限定されたのは、米国が空撮などの動かぬ証拠を握っているからだという説が強い。米国務長官ティラーソンは来週訪ロするが、これに先立って「米露関係がどのような方向に進むかはロシア側から聞く内容次第」とすごんでいる。ニューヨークタイムズはティラーソンがプーチンに会うと報道しているが、外相ラブロフだけとなるかははっきりしない。いずれにせよプーチンは、あくまでアサドをまもるか、米国との関係を考慮するか、の選択を迫られる形だ。米露が対立すれば内戦はより複雑化して長引くだろう。

 一方、超度肝を抜かれたのは黒電話ヘアの金正恩だろう。ヘアが逆立ったかもしれない。金正恩は「戦略的忍耐」と称して優柔不断だったオバマしか知らないから、トランプになってからもミサイルの打ち上げを続け、6回目の原爆実験も準備している。金はトランプが安倍に「全ての選択肢がテーブルの上にある」と軍事行動示唆の発言しても、実感を伴って理解出来ないでいたのだろう。しかし、巡航ミサイル59発の威力を映像で目の当たりにして、金正恩は「隠れ家の地下壕をより深く掘れ」と命じたかもしれない。自民党副総裁・高村正彦はNHKに「『無法国家』にアメリカの決意を知らせることになり、『無法』ができなくなるということが考えられる。その反面、北朝鮮が、『シリアは核を持っていないから攻撃された』と、ますますミサイルや核が必要だと考えるかもしれない。トランプ政権はオバマ政権と違い、レッドラインを越えたと思えば思い切ったことをやるというメッセージが、『無法国家』を抑制させる効果が出ればいい」と延べ、看破している。高村の言うとおり国内的には核開発の口実になり得るが、実体的には相当の抑制効果となる可能性が大きい。

 しかし、トランプの世界戦略がマクマスターによって動かされている限りにおいては、米国がアサド政権に対するように北朝鮮への奇襲攻撃を軽々に断行するかについては疑問がある。なぜならマクマスターの戦略のプロとしての思慮分別が強く働くからだ。というのも、ソウルは北の報復砲撃によって火の海になるし、傲岸不遜にも金正恩は日本の米軍基地をミサイル攻撃の標的にすると公言している。特に東京周辺の基地にサリンを積んだミサイルで攻撃をかけられれば、被害は甚大だ。日本国内でトランプに対する怨嗟の声が澎湃(ほうはい)と起こり、野党は鬼の首でも取ったように矛先を安倍政権に向けるだろう。ただまだ核ミサイルを保持していない現段階での北朝鮮攻撃は「最後のチャンス」とも言える。その場合も、北の反撃が出来ないように一挙に800カ所もの拠点を壊滅的に攻撃しない限り、日本がミサイル攻撃を受ける可能性がある。問題はそれを米国が出来るかどうかだ。外交的にはカギを握る中国が、シリア攻撃を目の当たりにしてトランプに同調するかどうかだが、習近平はしたたかであろう。まるでキューバにソ連が核ミサイルを持ち込もうとしたキューバ危機のような様相が北東アジアで展開されるかもしれない。その場合秋田での避難訓練が大都会でも行わなければならなくなる可能性がある。
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