国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「百花斉放」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2017-04-20 07:56

(連載2)北朝鮮はどこに向かうか:その「瀬戸際外交」

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 同様のことは、シリアについてもいえます。今回のシリア攻撃は、国際法を逸脱した米軍の行動という意味では、2003年のイラク侵攻と同じです。しかし、この時はフセイン政権の打倒(体制の転換)のための「実際の戦闘」を目的にしたものでした。それに対して、シリアの場合、米軍の攻撃目的はあくまで化学兵器使用に対する懲罰(仮にアサド政権が化学兵器を用いたとしても、米国にそれを処罰する権限があるかはともかく)であり、「二度と化学兵器を使うな」という「威嚇」です。そして、トランプ政権は「アサド退陣」の要求を念入りに避けています。つまり、いきなり攻撃することで、トランプ政権は「何をするか分からない」とアサド政権に思わせながらも、「化学兵器さえ用いなければ、(アサド政権にとっての死活的な利益である)『体制の転換』までは求めない」というメッセージを発して、譲歩を迫っているといえるのです。北朝鮮に話を戻すと、トランプ政権が瀬戸際外交を展開しながらも「体制の転換」を明確に否定したことは、中国に対しても「脅し」をかけていることになりますが、それと同時に「配慮」でもあるといえます。

 シリア攻撃に先立つ米中首脳会談の直前の4月2日、トランプ氏は「北朝鮮問題で中国が積極的に動かないなら、米国が単独で行動を起こすこともある」と発言していました。米国が実際にシリアを攻撃したことは、「米国は何をするか分からない」という認識を、北朝鮮だけでなく、北朝鮮と経済取り引きを続けることで、その大量破壊兵器開発を事実上可能にしてきた中国にも持たせる効果があったといえます(米国のシリア攻撃を中国政府は「主権侵害」と批判している)。その意味で、シリア攻撃は、中国にとって、米国に譲歩して北朝鮮への働きかけを強めざるを得ない状況を生んだといえます。ただし、中国にとっては、朝鮮半島で大量破壊兵器の開発が進むことと同様に、北朝鮮の現体制が崩壊することもまた、避けたいところです。そんな事態になれば、数多くの難民が中国国境に押し寄せることは、目に見えています。つまり、北朝鮮に対して「『体制の転換』は求めないが、大量破壊兵器の開発だけは認められない」というトランプ政権の方針は、中国のそれとほとんど差がないことになります。トランプ政権が、大量破壊兵器の放棄を条件に、「体制の存続」を暗黙のうちに認めたとなれば、(いい加減北朝鮮を持て余している)中国にしても、北朝鮮への働きかけをしやすくなります。後ろ盾となっている国に対して「ちゃんと子分のしつけをみろ。さもないと撃つぞ」と脅しをかける一方、「大量破壊兵器の問題に始末をつけるなら、体制の転換までは求めないから、それをエサに子分を納得させればいい」と提案を示している点では、アサド政権を支援し続けてきたロシアに対しても同じといえます。

 とはいえ、トランプ政権の「瀬戸際外交」が効果をあげるかは不透明です。北朝鮮に関していえば、その最大の障壁としては「米国に対する不信感」があげられます。1953年に朝鮮戦争が休戦になってからも、北朝鮮と米国は「敵国」であり続けました。そのため、米国への不信感で固まっているといえます。そんな北朝鮮政府にとって、最悪の事態は「大量破壊兵器を諦めた後になって体制の転換を求められること」です。実際、リビアのカダフィ体制は、米国との関係改善のなかで、それまで開発中だった核兵器を放棄した後になって、2011年からの「アラブの春」の混乱のなかで、NATOが支援する反政府軍によって倒されました。これをみていた北朝鮮政府にとって、トランプ政権からの提案を受け入れることは、容易ではありません。さらに、米国からの「『脅し』に屈した」となれば、北朝鮮国内で政府の権威は丸潰れで、それこそ体制がもちません。

 これらに鑑みれば、北朝鮮政府がトランプ政権に対して「超強硬」な反応を示すことは、当然です。したがって、金正恩第一書記の就任5周年などの行事が目白押しの4月中に、北朝鮮が核・ミサイル実験を行うかが、チキンゲームが加速し、緊張がさらにエスカレートするかの、一つの焦点になるでしょう。しかし、その場合には、トランプ政権も後に引けなくなります。「米国は本当に何をするか分からない国」と北朝鮮に思わせるため、「威嚇」ではなく「攻撃」がホワイトハウス関係者の視野に入ってきたとしても不信感ではありません。つまり、「ただの威嚇でない」ことをみせつけるための、米軍が限定的な軍事活動を実際に起こす可能性は、かつてなく高まっているといえます。4月11日に北朝鮮政府が「米国からの攻撃があれば核攻撃を行う」と宣言したことは、米軍の先制攻撃の可能性を予見したものといえます。また、米国に譲歩を迫るためには、米国にではなく、日本を含む周辺国に限定的な攻撃を行うという選択肢も考えられます。いずれにしても、十八番を奪われてなお、北朝鮮には「瀬戸際外交」しか選択肢がないといえます。しかも、それはトランプ政権の「瀬戸際外交」で加速しているといえるでしょう。トランプ政権が「瀬戸際外交」に着手したことは、これまで膠着していた北朝鮮情勢を一気に突き動かすだけのエネルギーを秘めています。それだけに、日本周辺の緊張は、これまでになく高まりやすくなっています。トランプ政権の次の一手が何であるかについて、確実なことは言えませんが、それが日本のみならず東アジア一帯に大きな影響を与えることは確かといえるでしょう。(おわり)
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『百花斉放』から他のe-論壇『議論百出』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
公益財団法人日本国際フォーラム