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2017-05-22 11:40

(連載2)トランプはオバマより決然としているか?

河村 洋  外交評論家
 個別の問題に関する詳細はさておき、トランプ外交の根本的な問題を見てゆかねばならない。シリアと北朝鮮の双方とも、ロシアと中国との関係が事態を大きく左右する。シリアでのミサイル攻撃は、トランプ氏が親露的な政策を転換させたということではない。もっとも顕著なことは、プーチン大統領の友好的な関係は終わったと見られていたにもかかわらず、トランプ大統領が最近のロシアの人権問題に対して全くと言っていいほど非難声明を出していないことである。3月末にクレムリンは人権活動家のニコライ・ゴロゴフ氏とデニス・ベロネンコフ氏を殺害し、アレクセイ・ナバルニー氏が全国的な腐敗撲滅運動を主導したとして逮捕している。アメリカの国家的な規範と基準に従う限り、党派を問わずに誰が大統領であってもロシアを非難すべきであり、また独裁政治に対してアメリカの価値観を高らかに掲げるべきである。

 遺憾ながらレックス・ティラーソン国務長官は外交政策における人権とアメリカの価値観の重要性を軽視する発言をし、ワシントンの外交政策エスタブリッシュメントを憤慨させている。これは驚くべき発言だが、予測できるものでもある。メディアはシリア攻撃直後にトランプ氏がロシア離れをしたかのような印象を与えてきたが、コミー事件からもわかるように彼とロシアの関係は離れるに離れられないものである。トランプ氏にはロシアの人権抑圧を軽視するだけの理由だらけなのである。一見するとトランプ氏はバルト海および黒海地域でロシアと西側の緊張が高まる事態を受けて、超党派の主流に政策転換しているように見える。それでもなお、H・R・マクマスター氏が親露派のマイケル・フリン氏に代わったことにより、トランプ氏は国家安全保障問題のスタッフとの間に政策上の齟齬を抱えている。トランプ氏はロシアを中東のテロに対処するうえでの戦略的パートナーと見ているのに対し、ジョン・マケイン氏の顧問も歴任したマクマスター氏は西側同盟を重視している。また、トランプ政権内で外交政策に携わる閣僚は押しなべて対露強硬派である。

 そうした中でトランプ政権移行チームの政策顧問を務めたヘリテージ財団のジェームズ:カラファーノ副所長は「シリア攻撃とNATOへの支援表明をしたからといってトランプ氏のロシアに対する姿勢は変わっていない」と語る。カラファーノ氏によればトランプ大統領はプーチン大統領との実利的な取引を追求しているだけだという。この通りだとしても、閣僚達がプーチン政権のネオ・ユーラシア主義を強く警戒する一方でトランプ氏が中東やヨーロッパの安全保障をめぐってロシアとどのように取引するのかは定かではない。最近、トランプ氏によるロシアへの重要機密情報漏えいが「ロシア・ファースト」と揶揄されているが、これではロシア政策への不安が増すばかりである。同様に、トランプ氏の中国政策が取引志向な方向性であることも懸念すべきものである。中国の習近平国家主席との二国間会談ではトランプ氏は北朝鮮への圧力を強めるなら貿易紛争で譲歩してもよいとまで言った。そのように取引志向の政策の揺れ動きがあると、域内の同盟諸国がトランプ政権は本気で北朝鮮の非核化に取り組む気があるのかという懸念を刺激することになる。むしろトランプ政権は、アメリカ本土がミサイルの射程外になってしまえば北朝鮮の核保有を認める、という中途半端な合意を結びかねない。実際にウイリアム・バーンズ元国務副次官は「トランプ氏はアメリカが自らの作り上げた世界秩序の人質になっていると見なしている」という恐るべき懸念を述べている。

 さらにトランプ氏が依然として反エスタブリッシュメントおよび反官僚の感情に囚われていることは致命的な問題である。メディアはスティーブ・バノン氏が国家安全保障会議から降ろされた時に歓声を挙げたかも知れないが、彼は依然としてホワイトハウスで首席戦略官の地位にある。またバノン氏の地位低下に伴うイバンカ・トランプ/ジャレド・クシュナー夫妻の影響力増大で、トランプ政権が穏健化するという見方は完全に間違っている。同夫妻の地位向上によって政府への一族支配が強まり、アメリカは第三世界並みのクレプトクラシーに陥ってしまう。さらに両氏の影響力が強まれば高度な教育と訓練を受けた連邦政府職員の権威と信頼性が揺らいでしまう。彼らの専門能力と国家への献身が「婦人服屋の小娘」と「不動産屋の小僧っ子」によって軽視されるようになれば、法の支配も政府の透明性も崩壊し、アメリカの民主主義を脅かしかねない。バノン氏とイバンカ・クシュナー・コンビはコインの裏表に過ぎない。以上の論点全てから判断すれば、トランプ氏は、オバマ氏よりも決然としていなければ、頼りになるわけでもない。トランプ政権内で唯一の希望は、ジェームズ・マティスおよびH・R・マクマスター両氏の軍事プロフェッショナリズムによってアメリカの外交政策が主流派の方向に向かうことである。それはシビリアン・コントロールによる民主主義と矛盾するであろうが、ドナルド・トランプ氏が権力の座に留まり続ける限り他に望みはない。(おわり)
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