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2018-12-11 10:13

(連載2)対中関与政策の終焉

笹島 雅彦  跡見学園女子大学教授
 米国の対中政策は、冷戦時代の1972年、ニクソン=キッシンジャー外交において二極世界から多極世界へのシフトとして位置づけられ、フォード、カーター、レーガン政権に引き継がれてきた。先日亡くなったジョージ・H・W・ブッシュ大統領の時代は、冷戦終結を目前にした時期に、ちょうど天安門事件(1989年)が発生し、関係停滞を余儀なくされた。続くクリントン政権時代1期目の半ば以降に「関与政策」が採用され、中国を国際社会に組み込んでいく方向性が示された。中国はアジア太平洋経済協力会議(APEC)に1991年、加盟し、翌92年、核不拡散条約に加盟した。同時期に、日米安保共同宣言(1996年)が発出され、「関与政策」は日米の共通した対中政策として位置づけられていく。それは、協調とヘッジの両側面の政策を組み合わせながら、中国を国際社会へいざない、中国国内の政治的自由と民主主義を促していくことに期待した政策だった。その一環として、クリントン政権は中国の世界貿易機関(WTO)加盟を後押しし、それは、次のジョージ・W・ブッシュ政権時代の2001年に実現する。

 こうした「関与政策」の流れは、現在、「戦略的競争」関係へと劇的に変化している。国家安全保障戦略では、中露両国を「戦略的競争相手」と位置付けているが、ロシアは今や「中国のジュニア・パートナー」(スティーブン・ウォルト米ハーバード大教授)にすぎない。ロシアは「フェイク・ライバル」に過ぎず、主たる競争相手としては中国に的を絞っているといえよう。しかし、「戦略的競争」の概念はまだ未成熟なままであり、多くの疑問点を残している。まず、「戦略的競争」の最終目標がどこにあるのか、まだ見えていない。それは中国の民主化実現にあるのだろうか。とはいえ、政治制度の民主化を外部が中国に押し付けることはできない。それは中国人自身が判断する問題だからだ。また、人権問題、宗教の自由問題(キリスト教地下教会弾圧、イスラム教徒のウイグル族弾圧、チベット仏教への弾圧など)の解決をどこまで求めるのか。

 第2に、中国との今後の交渉においてどのようなゲームの新ルールに基づく交渉となるのか、共通の枠組みは何なのか、不明のままである。中国による知的財産権問題やIT分野の先端技術提供の強要、サイバー攻撃問題などは世界共通の懸念事項だが、どのようにルールを確立していくのか、不明である。
 
 米国の同盟国が抱いているこうした疑問に対し、トランプ政権がどこまで誠実に説明していくか、先行きは不透明なままである。今後の「戦略的競争」は、視野の狭い貿易赤字問題から、自由と民主主義をめぐる競争に移っていく。世界の新興国や発展途上国が自由・民主主義体制と中国の一党独裁体制とどちらに魅力を感じるか。この競争は一目瞭然のような気がするが、トランプ大統領の下、共通の価値観に支えられている西側同盟諸国との協力関係が得られないままでは、米国がその優位性を保持することは困難だろう。米国の資産である同盟諸国との関係を再構築することが、この戦略的競争に勝ち抜くカギである。中国との関係改善に向けた軌道に乗りつつある日中関係においても、米国の「戦略的競争」との整合性を図りながら、慎重に進めていく必要がある。(おわり)
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