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2019-03-06 10:31

(連載1)民主主義に内在する危険

松川 るい 参議院議員(自由民主党)
 自由と民主主義、というのはこれまで、セット販売の先進的価値・制度として多くの人々が目指すべきものという自明の原理と考えられてきた。しかし、今や「自由」の方はともかく、「民主主義」については、「エリート集団独裁」の中国の劇的台頭(「もしかしたら、非効率な民主主義よりも中国のシステムの方が優れているのではないか」という疑念)、民主主義発祥の地である欧州及び米国における社会の分断や「過激」政党の躍進、我が国においても余り本質的でも生産的でもない議論が繰り広げられる国会に対する国民の不満など、「民主主義というのは、それほど自明に素晴らしい原理・制度なのだろうか」という疑問はかつてないほど高まっている。

 長谷川三千子「民主主義とは何なのか」と塩野七海「ギリシア人の物語」は、その疑問に一定の解又は一定の見方を与えてくれた。長谷川曰く、本家本元のヨーロッパにおいて、民主主義はもともと「いかがわしい」とされていたものであった。フランス革命そのものの中に嫌悪と警戒を引き起こす要素があった。革命を批判する側が、「あれは制約のないデモクラシーである」というぐあいに。民主主義がプラスの印象に変わったのは、第一次世界大戦からであり、それは、要するに戦勝国が「たまたま」使っていた原理が民主主義だったからにすぎない、とのこと。それでは、チャーチルの言う「民主主義が完全で賢明であると見せかけることは誰にも出来ない。実際のところ、民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば」という言葉を一体どう理解すればよいのだろうか。チャーチルも、長谷川も、塩野七海も、多くの点において、特にある一点において、同じことを言っていると思う。それは、民主主義は、その本質として、期待されるように機能することは極めて困難なものであり、民主主義が機能するためには、民主主義に内在する危険性を自覚して、常に、その危険に陥らないように、公正さ、謙虚さを持たねばならないということだ。民主主義には、不可避的に、暴力的側面、理性を失わせる側面、国家の指導者をその能力ゆえではなく能力がありすぎる故に引きずり下ろすことになるという側面があるということを、選ばれる側の政治家だけでなく、有権者たる一般国民が自覚しなければならないと強く感じた。

 なぜイギリスの民主主義が権利章典に代表されるように比較的穏健に成立、発展したのに対し、それを手本として始めたはずのフランス革命は、ロベスピエールの恐怖政治、ヴァンデ地方の虐殺のように、抑制されない暴民の支配になってしまったのか。民主主義の中心的理念の一つである「国民主権」が鍵となる。民主主義は「大衆」を「最高権力者」とする(国民主権)ゆえに、暴力的とならざるを得ない要素を内在している。特に、フランス革命時のように「国民の意思」を縛るものは「法」も含め何もないという考えになると、民衆が熱狂し、何かを求めればそれを押しとどめることはとても難しい。たとえば、ヒトラーはそれを意図的に利用した。フランスは、仏革命から60年後にはパリ・コンミューンという社会共産主義を産むことにもなった。ヒトラーのナチズムもファシズムも共産主義も、元は民主主義から出自する。いずれも、民衆の熱狂という「抑制のないデモクラシー」から生まれたものである。第一次大戦もいずれの関係国も欲しなかったにも関わらず、民衆の熱狂により生まれた戦争と言われる。長谷川は、「国民主権は闘争的な概念。国民主権の原理は、国民に理性を働かせないシステム」と手厳しい。

 他方、英国の民主主義は、その由来からして、伝統や土着の慣習法の制約を受けるという抑制と均衡の前提の下で成り立った。国民主権も然りである。英国は、もともと王はフランスなど外来から来て、土着の領主たちと共存しなければならない関係にあり、両者の関係を「均衡」させることこそが政治であった。バランス・オブ・パワーは国際政治だけでなく11世紀の英国国内の政治原則でもあった。その英国において、EU離脱の住民投票を行ったことは、大きな間違いであったと思う。英国の民主主義は、大衆の熱狂や感情に任せることを本来良しとしていなかったはずなのに、それをやってしまったわけである。英国人ではないので、こんなことを言うのはなんだが、英国のEU離脱は英国にとって良いところは殆どない。しかし、そのような国益を損なう選択を英国はしてしまった。なぜか、それは、本来の英国式の謙虚で抑制的な民主主義を働かせなかったからなのだ。あのような重大な決定を十分な説明や理解が浸透しない中で、野放図に「国民投票」という大衆の感情に任せたのは実に英国的でなかったといえよう。(つづく)
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