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2020-01-28 13:34

(連載1)「ヒキワケ」――柳の下に2匹のドジョウはいない

袴田 茂樹 JFIR評議員
 プーチン大統領が12月19日に年末恒例の大記者会を行い、日本人記者の平和条約問題に関する質問に答えて次のように答えた。「(平和条約問題で日露両国は)まだ解決法を見出していない。しかし、両国の考えは非常に異なっているかも知れないが、かつて私が述べたように――それは日本の友人たちに気に入った言葉だが――柔道用語で言えば『ヒキワケ』でなくてはならない。」この発言から分かることは、プーチンが2012年に述べた「ヒキワケ」発言が日本でたいへん「受けた」ことを今でも強く意識していることだ。この言葉を今回の記者会見であえて想起したのは、もちろん偶然ではない。それは、北方領土交渉に関して、最近日本の政治家も国民もロシア側のおよそ不条理な言い分にすっかり白けて鼻白んでいるとき、プーチンは日本側に新たな期待を抱かせて2匹目の泥鰌を狙っているからだろう。
 
 彼の最初の「ヒキワケ」発言で、平和条約交渉の駆け引きにおいてプーチンは大成功を収めた。わが国のメディアはその時の発言をきわめて一面的に伝えたため、「プーチンは北方領土問題の解決に前向き」だとの虚像を一気に強めたからだ。その発言は、2012年3月1日にプーチン(当時は首相)と若宮啓文朝日新聞主筆が交わしたやり取りのなかで出て来た。しかも朝日新聞は意図的にプーチン発言の強硬部分を削除して報道し、わが国の他のメディアもすべてそれに追随した。その結果、プーチンの北方領土問題に対する基本的姿勢に関し、わが国では深刻な誤解が生まれた。それが、今日の日本政府の楽観主義と領土交渉の無残な結果を招いた大きな要因のひとつとなっている。
 
 2012年3月のプーチン発言は以下の通りだ。「私たちは、柔道家として、勇気ある一歩を踏み出さなくてはならない。……私たちには受入可能な妥協が必要だ。何か「ヒキワケ」に類するものである。……ソ連は、日本との長い交渉の末に、1956年に共同宣言に調印した。この宣言には、2島を平和条約締結後に引き渡す――ここに注目して欲しいのだが――と書かれている。つまり平和条約が意味することは、日本とソ連との間には領土に関する他の諸要求は存在しないということだ。そこ(56年宣言)には、2島が如何なる諸条件の下に引き渡されるのか、またその島がその後どちらの国の主権下に置かれるかについては、書かれていない。」私が衝撃を受けたのは、プーチンの強硬姿勢を示す最後の1文だ。しかし朝日新聞はここを削除して報道し、わが国の他のメディアも全てそれに追随した。
 
 56年の日ソ共同宣言第9条には次のように述べられている。「ソ連邦は、日本の要望にこたえかつ日本の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本とソ連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする。」日本に「2島を引き渡す」との合意は、日ソ両国共に当然のこととして主権を引き渡すと理解していた。しかし、プーチンは「引き渡し後も主権はロシアに残る」可能性について言及している。もちろんこれは詭弁だ。さらに、共同宣言には、引き渡しの唯一の条件として「平和条約の締結」を挙げている。しかし、プーチンは、「引き渡しの条件が書かれていない」と述べている。換言すれば、平和条約を締結しても、引き渡すか否かは条件次第、という訳だ。(つづく)
 
 
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