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2022-05-31 14:46

(連載1)真の「芦田修正」は国際法尊重主義

篠田 英朗 東京外国語大学大学院教授
 5月27日衆議院予算委員会で、足立康史(日本維新の会)衆議院議員が、憲法9条に関する「芦田修正」について質問をした。政府はなぜ「芦田修正」を採用しないのか、というものであった。その含意は、日本維新の会は、既存の憲法解釈にとらわれず「芦田修正」の採用に関心を持つ、というものだった。これに対する岸防衛大臣と岸田首相の回答は、「芦田修正は、自衛のための武力行使を無制限と解するものだが、これは政府の憲法解釈とは一致しない」、というものだった。これに先立って5月19日、衆議院憲法審査会で、やはり足立議員が「芦田修正」を認めてはいけないのか、という意見を述べた。これに対して国民民主党の玉木雄一郎代表が、「もし9条2項の冒頭に『の』も入っていて『前項の目的を達するための』になっていたら意味が変わっていたが、そうではないので政府の説が正しい」といった、公務員試験対策で使った憲法学の教科書を読み直して答えています、といった雰囲気の恐ろしくスケールの小さいやり取りがあった。残念である。憲法改正の議論がこうした隘路に陥っているのを見るのは、本当に残念である。
 
 芦田修正に関する私の指摘は、拙著『憲法学の病』41頁前後や、203頁以降「9.本当の芦田修正」章などで書いてきたし、「『芦田修正』という憲法学の陰謀」(2018年2月10日付「アゴラ」)でも記録に残している。正直、何度書いても、「公務員試験と司法試験を牛耳っている憲法学者の教科書が全てです。この世で価値があるのは公務員試験と司法試験を牛耳っている憲法学者だけです。それ以外の人物の憲法解釈は無価値です」と頑なに信じ続けている人には全く響かないのだろう。そう思うと、あらためて書くのも徒労感がないわけではない。が、重要ではある。一応、整理の意味で、書いておく。
 
1.「芦田修正」なるものは存在しない、それは憲法学者の陰謀の所産である
 憲法学者の教科書を読むと、芦田均・憲法改正小委員会の委員長が、日本国憲法案を審議していた際、裏口からの憲法改正を試みて9条1項冒頭に「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、」という文言を挿入し、9条2項冒頭に「前項の目的を達するため、」という文言を挿入した、という説明に出くわす。憲法学通説は、「しかし芦田の試みは失敗した、挿入の仕方が下手くそだったので、9条の趣旨を変えることができなかった」、と結論づける。改憲論者を挫く結論を強調するために、憲法学通説が「芦田修正」という概念を作り出したのである。芦田均自身が、「芦田修正」について語ったことはない。芦田自身が、憲法学者が言っているような意図を持って修正を行った、という説明をしたことはない。全ては憲法9条解釈を有利に運ぶために、面倒な文言については「姑息な芦田が挿入した陰謀の試みだが失敗したので、異質なものに見える文言は全て無視して憲法学者の教科書の記述だけを信じてください」、といった結論を主張するために、憲法学通説が作り出した物語でしかないのである。
 
2.「芦田修正」と言われているものは憲法の趣旨の明確化
 それでは「芦田修正」と呼ばれ、憲法学者たちによって「通説から見ると異質なものに見えるが芦田の陰謀の失敗の記録でしかないので、無視してください」という扱いを受けている9条1項・2項の冒頭の文言は、何を示しているのか。前文を読んで、9条を読んでほしい、ということである。現在の9条は、GHQ草案では1条だった。9条は、前文と連動性が高い内容を持っている。GHQ内では、そもそも9条を前文の一部とするべきではないかという議論もあった。一つの条文として成立したのは、具体的な法的拘束力を示すために条文化しておくべきだ、という判断によるものだった。しかしいずれにせよ、いわば前文の内容をまとめて、条文化したのが、現在の9条である。9条が1条ではなくなったのは、大日本帝国憲法改正手続きをへて新憲法が制定される過程において、大日本帝国憲法と同じように天皇に関する規定が「第1章」を構成すべきだということになったからである。その結果、「第2章」は短文の9条だけによって構成されるという歪な構造が生まれた。(つづく)
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