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2022-12-21 14:12

経済記事の裏側にある政治の動向を注視する

赤峰 和彦 自営業
 経済ニュースでは、11月下旬から12月のはじめにかけて、生活の様々な分野で用いられる「半導体の製造会社」、それも世界で指折りのメーカーの話題で溢れていました。

 日経新聞のニュース(要約)には、
・台湾のTSMC(台湾積体電路製造)【※1】は、大阪市内で半導体の設計を支援する世界最大規模の「デザインセンター」を設置する(11月30日)、
・TSMCの工場稼働まで残り2年となった熊本県。工場建設が急ピッチで進む中、半導体関連企業の立地は熊本だけでなく九州全域で進んでいる。(12月3日)
・TSMCは米西部アリゾナ州に最先端半導体の工場を新設すると発表した。「3ナノ(ナノは10億分の1)メートル品」と呼ぶ製品を生産し、米国での総投資額を従来計画比3倍超の400億ドルに拡大する。(12月7日)

【※1】TSMC=台湾積体電路製造股份有限公司は、世界最大の半導体受託製造企業。現時点で5nmプロセスの半導体の量産を可能にしているのは世界でもTSMCだけであり、iPhoneなどの最先端のハイテクデバイスを製造するにはTSMCの協力が欠かせない。現在、ソニーセミコンダクタソリューションズともに熊本県に新工場を建設中。

 また、ブルームバーグでは、「西村康稔経済産業相が、半導体の受託生産最大手、台湾積体電路製造(TSMC)が日本での新たな工場建設の検討について『歓迎したい』とコメントした」と伝えています。(12月9日)

 同じくブルームバーグは、「オランダ政府が半導体製造装置の対中輸出について新たな規制を計画している」と報じ、「ASML【※2】ホールディングに対中輸出を規制する動き」を伝えています。(12月7日)

【※2】ASMLは端半導体製造に欠かせないEUV(極端紫外線)露光装置の生産で世界市場をほぼ独占する。

 日経新聞などの日本の報道だけでは、単なる経済的な動きしか見えませんが、ブルームバーグのような海外の報道を加えますと、この問題はIT分野における米中の大戦争という側面が見えてきます。

 これらの半導体メーカーが激しく動き出した理由は、米国における半導体の国内生産を支援する「the CHIPS and Science Act」(通称・CHIPS法) 【※3】が7月28日に可決され、それが動き出したからです。

【※3】この法の予算は合計2,800億ドル(約37兆1,100億円)で、そのうち520億ドル(約6兆9,000億円)が米国内で半導体を生産する企業への財政支援に用いられる。

 なお、本法は、普段は対立する民主党と共和党ですが、中国が突きつけるリスクについては両党の議員らも意見が一致したことで成立しました。したがって、本法は、「中国企業への半導体の輸出を実質的に禁止する規制」を定め、特に軍事技術の進歩にもつながるAI産業に欠かせない電子部品の輸出を止めることで、中国に大きな打撃を与えることを狙っています。

 この流れの中で、台湾のTSMCが日米に工場を建設する動きを見せ、オランダのASMLが米国政府とオランダ政府の連携で中国への半導体製造装置の部品となるものに輸出規制をかけようとしているわけです。

 これで、米国製の半導体に大きく依存している中国はAI分野で世界の進歩から大きく取り残されることになります。なかでも、クラウドのAIサービスや自動運転車の開発企業でもあるバイドゥ(百度)やTikTokとその中国版であるバイトダンスなどに大きな影響を及ぼしそうです。

 さらに軍事面においても、軍事技術の発展の鍵を握るのがAIで、どの企業の半導体が中国の軍事関連のAIシステムに導入されているのかを米国はよく理解しているため、CHIPS法は中国に大打撃を与えるのは確実です。

 しかも、米国の半導体を輸入できなくなることで、中国のAI分野での取り組みは大幅に遅れるのは間違いありません。なぜなら、中国の大手半導体メーカーである中芯国際集成電路製造(SMIC)の半導体は、台湾のTSMCや韓国のサムスン、米国のインテルの製品と比べると性能が数世代分は遅れているからです。

 中国のSMICが現時点で製造している半導体は、業界内で14nm世代と呼ばれる半導体の製造プロセスでつくられたもので、この数字は半導体の部品をどれだけ高密度に詰め込めるかを表しているのですが、台湾のTSMCはより高度な5nm世代と3nm世代の製造プロセスに移っており、中国は大きく遅れをとっています。

 これを打開するには、極端紫外線リソグラフィという露光技術を扱える装置が必要なのですが、これは前述のオランダのASMLの技術ですが、米国政府の要請に応じて中国への製品の輸出を停止しています。

 なお、台湾のTSMCは、上海や南京でも操業はしていますが、最先端の半導体生産は禁止されていますし、日本の東京エレクトロン【※4】は「同社の装置を通らない半導体はほぼない」と言われるまでの技術がありますが、これも、米政府が日本政府に対して、輸出規制するように要請したと12日のニュースで伝えられています。

【※4】東京エレクトロンは東京都港区赤坂に本社を置く電気機器メーカー。半導体製造装置およびフラットパネルディスプレイ製造装置を開発・製造・販売している。売上高で世界第3位の半導体製造装置メーカーで、とくに強みを持つのは、前工程の製造装置。

 以上のことから総合すると、中国を封じ込めるため、ITの分野でも米国を軸に日本とヨーロッパが連合し、それに台湾が加わる形で中国に対抗する組合せができたことを意味します。

 これが、今すぐではなく、近い将来、中国の産業技術や軍事面に影響を与えることは確実で、中国の未来に暗い影を落とすことは間違いありません。
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