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2023-07-28 12:30

中東における世界覇権国はどうなるのか

古村 治彦 愛知大学国際問題研究所客員研究員
 サウジアラビアとイランはこれまで対立を深刻化させてきた。両国の対立が最高潮に達したのは、2016年のことだった。サウジアラビアがシーア派指導者を処刑して、それに対して、イラン国民がテヘランのサウジアラビア大使館を襲撃するという出来事が起きた。一連の出来事の後、両国は国交を断絶した。そうした状況下、サウジアラビアとイラン両国は2023年4月、7年ぶりに国交正常化を行うと発表した。両国を仲介したのは中国だ。両国は中東の地域大国として相争う関係だった。そもそもは戦後のアメリカが構築したペトロダラー体制(石油の取引はドルのみで行うという密約を基礎とした)を支える、親米の産油大国(王制)であったが、1979年のイランのイスラム革命で、イラン国内において王制が崩壊し、更にイランは反米へと転換した。サウジアラビアはイスラム革命の飛び火を懸念し、イランと激しく対立するようになった。サウジアラビアはアラブ人でイスラム教スンニ派、イランはペルシア人でイスラム教シーア派という違いもある。

 中国がサウジアラビア・イラン両国の激しい対立を収めたということは、中東にとっては地域情勢の安定に大きな貢献となる。他のアラブ諸国はサウジアラビアに追随することが多く、独自にイランと事を構える力はない。サウジアラビアの意向に従うということになれば、中東は一気に安定する。中東地域の地図を見れば分かる通り、サウジアラビアとイランはペルシア湾をはさんで対峙する位置関係になっている。ペルシア湾岸が安定することは、石油の安定供給にとって必要不可欠である。中国にとっては、対立する国々を仲介して国交正常化・関係改善に成功したということは、世界の舞台における中国の実力を示すことができたというのは大きい。これまでそうした役割は西側諸国、特にアメリカが世界覇権国として独占してきた感があるが、それが大きく変わることを象徴する出来事であった。中国にしてみれば、安定した石油輸入の確保が最優先だ。

 対イランでまとまっていたアラブ諸国はイスラエルとの国交正常化や関係改善を模索していた。イランのパワーに対抗するために、イスラエルを味方にしたいという動きだった。しかし、これでは4度の中東戦争を戦ったアラブの大義は崩れることになる。パレスティナ難民の存在は無視されることになる。ベンジャミン・ネタニヤフ首相はパレスティナに対して「二国共存」とは異なる、強硬な姿勢を取っている。そうした中で、アラブ諸国がイスラエルと国交正常化・関係改善を行うことは裏切り行為ということになる。サウジアラビアがイランと国交正常化を決めたことで、中東地域における力関係が変化する。中東地域の二大親米国、アメリカの同盟国であるサウジアラビアとイスラエルの関係は悪化している。サウジアラビアはアラブ人、イスラム教の守護者を自認しているが、イスラエルのネタニヤフ政権によるパレスティナに対する強硬な姿勢は容認できない。また、サウジアラビアはバイデン政権とは仲が悪い。バイデン政権とイスラエルも又微妙な関係になっている。サウジアラビアが中国陣営にシフトする姿勢を鮮明にしていることを考えると、中東におけるアメリカの拠点が崩れてしまうことになる。もちろん、サウジアラビアが今すぐに完全にアメリカと切れるということはないし、サウジアラビア国内のアメリカ軍基地を撤去するということはないだろう。しかし、サウジアラビアが少しでも中国寄りの姿勢を見せることで、中東におけるアメリカの動きと影響力は制限を受けることになる。

 サウジアラビアとイランの国交正常化によって、中東におけるアメリカの拠点は崩され、イスラエルは孤立する。そうした事態を防ぐために、アメリカはサウジアラビアとイスラエルの関係を改善したい。しかし、そうした動きはなかなかうまく行っていない。中国とイスラエルの関係については、中国がネタニヤフ首相の訪中を招請するなど、関係の深化に努めている印象だ。イスラエルが親米の同盟国を止めるということは考えにくいが、中国はイスラエルに対しても働きかけを行っている。中東における世界覇権国としての動きができているのがアメリカなのか、中国なのか分からない状況になっている。世界は動いている。
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