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2024-10-15 14:12

マルクス「資本論」の理論的限界 とマルクスを超えた「新しいマル クス主義理論」の再構築

加藤 成一 外交評論家(元弁護士)
 カール・マルクスは主著「資本論」で「資本主義が発達すれば社会主義に移行する」という「資本主義崩壊論」を主張した。すなわち、資本主義が発達すると、資本の集積・集中が進み、機械化による資本の有機的構成が高度化して相対的過剰人口=産業予備軍(失業者)が増大する。その結果、労働者階級の貧困・抑圧による階級闘争が激化し、社会主義革命により資本主義が崩壊して社会主義に移行するというのである(マルクス「資本論」第1巻向坂逸郎訳951~952頁岩波書店)。しかし、欧米や日本など資本主義が発達した先進資本主義国から社会主義に移行した国は皆無である。反対に、ロシア、中国、ベトナム、北朝鮮、キューバ、ラオスなど、資本主義が未発達な国に限って社会主義に移行している。

 そのため、レーニンは「資本主義の不均等発展の法則」を提起し「資本論」を修正した。すなわち、資本主義社会では生産が無計画のため発展が不均等になり、帝国主義の鎖の輪の弱い後進資本主義国から社会主義に移行すると主張した(レーニン「帝国主義論」レーニン全集第22巻277頁大月書店、スターリン「スターリン全集」第1巻12頁大月書店)。しかし、この理論は、資本主義が未発達であり、「資本論に反する革命」であったロシア革命をひたすら正当化するための理論に過ぎず、「生産力の発展が生産関係を決定する」(マルクス「経済学批判」14頁岩波書店)とのマルクス主義の根本原則である「史的唯物論」の否定である。

 先進国革命が起こらない最大の原因は「資本主義が発達すれば労働者階級は窮乏化する」とのマルクスの「窮乏化法則」(資本論第1巻808~810頁)の矛盾にある。すなわち、「窮乏化法則」に反して先進資本主義諸国の労働者階級の生活水準が向上したからである。非正規雇用や格差等の問題があるとしても、2024年の勤労者世帯の平均貯蓄額は1474万円(中央値895万円)であり(総務省)、名目賃金も年々上昇し、2024年春闘の賃上率は5・17パーセントである。2024年8月の完全失業率は2・5パーセントで完全雇用に近い。また、「階級闘争」の象徴とも言えるストライキ件数は2021年55件であり1970年代半ばの年間5000件以上に比べ激減している(厚労省)。これは労働者階級の生活水準の向上と、それに基づく「労使協調路線」の影響によると言えよう。のみならず、労働者階級においても、マイカー、マイホーム、各種電化製品が普及し、海外旅行を楽しむ労働者層も少なくない。そのうえ、生活保護や国民皆保険など各種社会保障制度も整備され、労働者階級を含む国民は「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条)を概ね保障されていると言えよう。このような、労働者階級の生活水準の向上が社会主義革命を困難にしている最大の原因と言えよう。なぜなら、前記のとおり、マルクスによれば、資本によって搾取されている労働者階級の貧困化が社会主義革命の絶対的条件とされているからである。先進国革命が困難な原因は、以上に述べた「経済的原因」のほかに、旧ソ連や中国など、共産党一党独裁による市民的自由や基本的人権の抑圧などの「政治的原因」があり、さらに、先進資本主義諸国間の国際協調による経済的危機回避などの「国際的原因」がある。先進国革命が起こらない「理論的原因」はシュンペーターが唱えた「創造的破壊」による資本主義の強靭な創造力と復元力にあると言えよう(シュンペーター「資本主義・社会主義・民主主義」上巻150~151頁東洋経済新報社)。なぜなら、不況や恐慌は古い産業を淘汰し、人的物的資源を再配分し、古い産業に代わって新しい産業を成長させ、構造改革を促進するからである。

 「資本論」は19世紀半ばのイギリス資本主義が対象であり、マルクスはそれ以後の資本主義の変貌を知らない。したがって、「窮乏化法則」のような19世紀的制約の命題は現代において妥当しないのは当然である(伊藤誠ほか「マルクスの逆襲」4~7頁日本評論社)。20世紀になると資本主義は大きく変貌した。自由放任ではなく国家の経済への介入による「国家独占資本主義」(大内力「国家独占資本主義」262頁東京大学出版会)が出現し、国家が国民の生活を保障する「福祉国家」(岡沢憲芙「スウエーデンの挑戦」76頁岩波新書」)が誕生した。さらに、21世紀になると、人工知能・情報通信・金融工学・宇宙開発・ロボット・先端医療・ハイテク産業など、マルクスが予想もしなかった先端産業や先端技術が次々に誕生している。まさに、21世紀の現代資本主義はシュンペーターの「創造的破壊」の世界そのものである。そうだとすれば、21世紀の現代資本主義を踏まえ、マルクスの「資本主義崩壊論」「窮乏化法則」「労働価値説」「階級闘争」「暴力革命」「プロレタリアート独裁」など、19世紀半ばの資本主義を対象としたマルクス「資本論」の理論的限界についても科学的に検証し、且つ、欧米・日本など21世紀の高度民主主義社会に適合し、マルクスを超えた新しいマルクス主義理論」の再構築がなければ、「資本論」を理論的基礎とする「マルクス主義」は衰退への道を辿ることになるであろう。

 「マルクス主義理論」に関する具体的検証事項試案は下記のとおりである。
(1) 「資本主義崩壊論」(社会主義移行論)については、歴史的必然性・蓋然性の有無に関する検証。
(2) 「窮乏化法則」については、21世紀の現代資本主義社会における有効性に関する検証。
(3) 「労働価値説」については、21世紀の人工知能時代における有効性・妥当性に関する検証。
(4) 「階級闘争」については、膨大な中間層の出現による労資対立構造の変化に関する検証。
(5) 「暴力革命」については、21世紀の高度民主主義社会における相当性・妥当性に関する検証。
(6) 「プロレタリアート独裁」については、上記(5)と同様の相当性・妥当性に関する検証。
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