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2024-11-12 16:46

(連載1)ウクライナに近づく最悪の事態:戦局の悪化とアメリカとの関係の破綻

篠田 英朗 東京外国語大学大学院教授
 アメリカの大統領選挙でトランプ大統領が選出された。ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシア・ウクライナ戦争の停戦調停に意欲を示すトランプ氏を説得するための発言を繰り返している。だが、トランプ氏当選の確率が非常に高いことはかなり前から予測されていたことである。心の準備がなかったはずはない。結果が確定した今は、その現実をきちんと見据えることが必要だ。このままでは、いずれゼレンスキー大統領は、今後はウクライナで起こる悪いことの責任は全てトランプ氏にある(俺には何も責任はない)、といったことを言い出すのではないか、と私は懸念している。私は以前から繰り返し、最後はアメリカとウクライナの関係の破綻で戦争が終わるとすれば、それは戦後の安全保証体制の確立にも悪影響を及ぼす最悪の事態だ、と述べてきた。

 戦場では、2022年3月以降では最速のスピードでロシア軍が支配地を拡大させている。トランプ氏就任の日までをにらんでも、まだ2カ月もレイムダック・バイデン政権期が続く。ロシアは、当然、これからの2カ月の間に、大攻勢をかけてくるだろう。ウクライナ支援者の多くのは、アメリカの支援が足りないからウクライナが苦戦している、と主張している。しかし空前の巨額の援助を提供しているアメリカをつかまえて、「お前の支援が足りないから俺は苦労している、全てはお前の支援の不足のせいでこうなった」、と主張するのは、どう考えても責任ある政治家の態度とは思えない。私に言わせれば、現在のウクライナ軍の苦境は、そしてこれからの2カ月のさらなる苦境は、合理性を欠いた8月のクルスク侵攻作戦の結果としてもたらされた性格が強い。ゼレンスキー大統領は、その現実も見据えなければならない。
 
 この機会に、いかにアメリカの大統領選挙の日程が、ロシア・ウクライナ戦争に大きな影響を及ぼしていたかを、振り返ってみよう。ロシアの全面侵攻が開始された2022年2月24日は、まだバイデン大統領が就任して一年の時期だった。前年8月の無残なアフガニスタンからの完全撤退の痛手を抱えていたバイデン政権が、外交政策で失点を取り返す大きな機会として、ウクライナ大規模支援に踏みこんだ。ウクライナ及びバイデン政権の双方に合理性があった時期だ。キーウ包囲戦を仕掛けてきたロシア軍を撃退し、急速に拡大させたロシアの支配地を削り取る作戦を行った2022年後半までのザルジニー総司令官を擁したウクライナ軍の動きは、見事であった。そもそも19万の軍隊でウクライナ全土を占領することは、ロシア軍にとっても不可能であった。

 しかし、私自身は2022年から様々な媒体で繰り返し繰り返し述べてきたように、ロシアがウクライナを完全併合するのは難しく、しかしウクライナがロシアに軍事的完全勝利するのも難しい。どちら一方の完全達成で終わる結末は、想像できない。両者がせめぎあう何らかの状態で、戦争は終わりになるしかない。そこでウクライナ軍は2023年夏前からいわゆる「反転攻勢」をかけた。この「反転攻勢」は成果を上げることができなかったと結論付けられているが、上記の見方にそって言えば、ウクライナ軍は、2023年の段階で押し込める極限点までロシア軍を押し込んだ。その極限点を見極めるための作戦であったと言ってよい。これによって、戦局は、「膠着状態」に入った。私が初期段階から語っていた、W・ザートマンの紛争調停タイミングの「成熟理論」にそった「相互損壊膠着(MHS)」と言える状態だ。(つづく)



 
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