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2025-04-14 09:35

歴史的転換の欧州再軍備と日本

鍋嶋 敬三 評論家
 欧州連合(EU)が2025年3月9日発表した防衛白書は「欧州再軍備計画」と銘打った戦後80年来の防衛政策の歴史的転換を示すものである。2022年のロシアのウクライナ侵略戦争以降の欧州安全保障への強い危機感を背景に、近未来の大規模戦争をも想定した画期的なものになった。再軍備のため一世代に一度という大規模防衛投資の方針を打ち出し、今後4年間に8000億ユーロ(128兆円)規模の資金を投入する。2024年のEU各国の防衛費の総額はウクライナ戦争前の2021年から31%以上増え、EUのGDPの1.9%に達したが、米国やロシアさらに中国からもはるかに低い。再軍備計画は防衛支出を緊急かつ飛躍的に高める狙いがある。

 時を同じくしてドイツが防衛力強化に向けて財政規律を緩和するため、憲法に当たる基本法の改正を議会で可決した(3月21日)。基本法では政府債務を国内総生産(GDP)の0.35%に抑える「債務ブレーキ」と呼ばれるルールがあり、国防費増額の抑制になっていた。米ソ冷戦中の1960年代には4~5%を記録したが、東西両独統一後は2%以下の低い水準にあった。ブレーキが外れて防衛支出の大幅増加が可能になった。改正を主導した次期首相のフリードリッヒ・メルツ氏は議会で「新しい欧州防衛共同体に向けた大きな一歩」と述べた(英BBC放送)。

 欧州再軍備の背景はもちろんEUと国境を接するウクライナ戦争だ。ロシアは2024年GDPの9%を国防費に支出。白書はロシアにウクライナ戦争の目的達成を許せば、領土への野望はウクライナを超えて欧州に拡大するとして「ロシアは予見しうる将来欧州の安全保障への根本的な脅威であり続ける」と警告した。さらに欧州防衛に積極姿勢を示さないドナルド・トランプ米大統領への強い警戒感もある。米国が欧州やアジア太平洋の同盟国に提供する核の拡大抑止の効果に対する懐疑論がロンドンの国際戦略研究所(IISS)の論文で示された。「核抑止」の根拠は信頼性と確実性にあるが、「トランプ大統領の防衛や安全保障に対する取引の手法が何十年にもわたる保証を損ない始めた」(ズザンナ・グワデラ氏)と指摘されている。トランプ流の取引に翻弄されて信頼性と確実性が失われつつあるという見方である。北大西洋条約機構(NATO)諸国に米国も満たしていない国防費GDP比5%を要求したり、ウクライナ抜きで停戦をロシアと直接取引するかにみえるトランプ外交への不信と不安が欧州に強まり、EUの歴史的な再軍備計画につながったと見ることができる。

 日本はかねてEUやNATOと外交、安全保障面で連携を強めてきたが、再軍備計画発表以降、急ピッチである。岩屋毅外相のベルギー訪問によるNATO外相会合(4月3日)とEU外相戦略対話(同4日)を経て、訪日したマルク・ルッテNATO事務総長と石破茂首相との会談(4月9日)後の共同声明で「強固なNATOは日本にとっても利益」の認識を共有しサイバー、宇宙、相互運用性などの分野での戦略的協力、防衛産業協力の強化を優先事項として確認した。石破首相はNATO とインド太平洋パートナー(豪、NZ、印、韓国)間の協力に日本が「主導的役割を果たす」と約束した。ロシアや北朝鮮との連携を深める中国の脅威が強まる中、日本外交の基軸である日米安全保障条約とともに、EUや NATOとの協力による「日米欧3極関係」の強化が日本の安全保障に不可欠である。自由主義世界の国際安全保障体制は二国間同盟や地域グループの枠組みを超えて、アジア・太平洋地域と欧州・大西洋地域をつなぐ地球規模に発展しつつある。「トランプのアメリカ」への不信や警戒感が強まる半面、日本の積極的な関与に欧州の期待が高まっている。
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