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2008-05-25 20:00

「核廃絶」の現実を直視せよ

伊藤 憲一  日本国際フォーラム理事長
 4月17日の坂本正弘氏の「現実主義者としての核廃絶論」および5月16日の堂之脇光朗氏の「核廃絶と現実主義」に触発されて、私も同じテーマについて考察してみたい。

 1945年に最初の核が広島と長崎で使用されたのは、日本の降伏決定を催促するという政治的目的のためであり、軍事的目的のためではなかった。当時は核兵器なるものの存在自体が一般には知られておらず、核を使用したからと言って批判を受ける政治的コストは無視することができた。そして、日本には米本土に反撃する軍事的能力はなかった。しかし、朝鮮戦争においてマッカーサーが核使用を考えると、広島・長崎への核投下の意思決定者であったトルーマンは、ただちにマッカーサーを解任して、その意思のないことを明確にした。当時ソ連はすでに核を持っており、ソ連の核の対米抑止力が働いたと考えるべきであろう。

 このあと、米ソは紆余曲折したプロセスを経て、1972年に相互確証破壊(MAD)体制について合意した。核は使用不可能な兵器として公認され、その唯一の効用は相手の核攻撃に対する反撃能力の誇示であるとされた。さて、問題は、冷戦の終焉した1989年以後の核の状態はどうなっているのか、ということである。私は、拙著『新・戦争論』(新潮社)のなかで、「不戦時代」の到来を説き、それは米ソのMADが米国の一方的確証破壊(UAD)によって取って代わられた結果である、と述べた。

 一方で、精密誘導兵器の発達に伴う脱核化現象が進んでいるが、それは米国について言えることではあっても、米国以外の核保有国については、必ずしも意味のある現象ではない。脱核化の意味を「核廃絶」に結び付けて過大評価すべきではなかろう。中国、インド、パキスタン等が核を保有する理由は、米国とMAD関係に入るためではなく、地域において覇権を追求するためであり、政治的シンボルとしての価値追求にとどまるものである。フランスの核保有も同様の理由によるものであろう。イギリスは、そのようなものであるのなら、核保有はその経済的コストに見合うものであるのか、との問題意識を持ち始めている。

 問題はロシアだが、2002年に米国によるABM条約の一方的破棄通告を受け入れて以来、米国のUAD体制を黙認してきたものの、ここにきて再びMAD体制への回帰を志向するがごとき言動をし始めている。核の現状を考えるとき、真に注目すべき動きは、このようなロシアの動向であろう。堂之脇氏は「核廃絶といっても、実際的問題としては可能なかぎりの数量的削減と厳重な管理により核兵器使用の可能性をほぼゼロにすることが目標となる」と説く。広島、長崎の悲劇を体験した日本人は「核廃絶」以外の選択を許容できないがゆえに(それはそれでよいのだが)、結果として核をめぐる現実の状況から目を逸らしていることはないだろうか。
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