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2008-11-28 20:09

(連載)田母神論文はシビリアン・コントロールに反するか?(1)

玉木 洋  大学教授
 11月12日付け本欄への杉浦正章先生の投稿「唯我独尊きわまる田母神思想」(819号)について、同意できない部分があるので、一言しておきたい。「田母神俊雄前空幕僚長の発言は、昔有楽町で演説していた愛国党党首の思想と似ている」のは事実かもしれない。しかし、誰の思想とそっくりであるからその思想が悪いというよりも、その思想そのものが良いか悪いかで、思想内容の当否は判断されるべきであろう。また、内容的に悪いと判断される思想であっても、その思想を持つこと自体やそれを表現すること自体が、直ちに何らかの制裁の対象になるものではない。もちろん、どのような立場でどのように表現するか、ということにより、何らかの意味の制裁が必要になる場合もあり得るとは言えようが、それも検討を要するものである。田母神氏の論文の件が問題であるとする多数の説は「文民統制に服するべき制服組が政府見解に反する意見を発表したことは、文民統制に反するものであり、制裁に値する」というもののように見える。しかし、果たしてそうなのであろうか。

 シビリアン・コントロールは、“軍の行動は軍自らのみで決めるものではなく、最終的には国民の意志に基づく政治が決める”という趣旨のものである。それに反する行動を取った軍人(自衛官)があれば、その程度に応じた制裁が加えられ、あるいは更迭されるべきことは当然である。しかし、戦争の歴史を研究し、それに対してどのような理解をするかという問題について、論文を淡々と発表することが、シビリアン・コントロール違反になるのであろうか。現に自分や部下が生命を賭けて国民・国家を守る役割を担っている自衛官たちは、戦史の評価については、最も強い意識を持つ人たちであろう。日本の多くのマスメディアや、政治家や、少なからぬ国民が、国際情勢の現実をよく見もせずに、また歴史上の過去の事実をよく見もせずに、事実に基づかない、しかも日本国民自らの将来を危うくするような認識を持っている、ということに対して、過去の戦史を良く学び、よく考え、よく知る者として、そして上述のような役割を担う自衛官として、正しい事実認識が広まるための努力を平穏な言論の範囲内で行うことは、むしろ自衛官の役割ではないだろうか。

 さらに、内容についても、田母神氏の侵略についての考え方自体は、論文を冷静に読めば、大きな論旨として重大な誤りを持っているものではないともいえる。戦後、特に教科書問題以後、報道や教科書などの内容が「自虐史観」の方向に著しい偏り偏りを見せている現状において、また通常の学校教育やマスコミにおいては事実に基づく冷静な議論が期待できない状況において、少なくとも自衛隊幹部に対しては、事実に基づく正しい歴史観を持たせ、また国家・国民を守る任務を果たすために最低限必要な国家観を持たせるために、田母神氏が必要な教育を行おうとしたのは、陸上自衛隊幹部としての使命を果たすための立派な行為だ、と評価する論者があっても、それをにわかに否定することは困難である。このことは文民統制が崩れるということとは異なる。戦争に関する事実を学び、国民を守るための意識を持とうとすることは、自衛官の当然の任務であり、他方文民による自衛隊の行動についての決定・命令になんら反しているわけではないからである。

 このように自らの役割の本質を理解し、かつ実行する力がある人物であるからこそ、田母神氏は最高位まで昇進したのであろう。この田母神氏のような考え方を完全に「洗浄」するという主張は、自民族が嫌悪する他民族をそれゆえに「洗浄(クレンジング)」するのと同じ、忌むべき非文明的な行為と言われても仕方ないのではないか。国会質疑を当日聞くことはできなかったが、論文自体はインターネットで容易に原文に接することができ、それを読むことができた。また、国会質疑についても記録によりその後田母神発言に接することができた。その発言を聞けば、基本的には誤ったことを言っているわけでもなければ、文民統制を崩そうとか、政府の支持に反した行動を取ろうとかしている、というものでもないことがわかったように思える。まさに言論の自由の範囲内で、自らの立場であればこそ気付いた事実について、国民に議論が広まることを静かに期待して、立場上許される範囲の最大の努力をしたとも言えるように思われる。また非常に厳しい環境の中での参考人招致であったにもかかわらず、また発言をたびたび抑制されながらも、努力されて冷静・的確な答弁、説明に努められたと思う。(つづく)
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