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2008-12-12 13:19

「べき」論にとらわれない世界情勢の判断を

山田 禎介  ジャーナリスト
 2000年前後のことだが、新聞社の政治部記者から、日米安保同盟から離れ、ロシアとの提携の道を真剣に探る戦略が政府と周辺にあり、シミュレーションも行っていると聞かされた。いま思えばその人物群像も想像できる。だが、当時はそれ以上に、これはいかがなものかと思った。外圧でやむなくというのも困りものだが、そうではなく自ら外交政策の大方向転換を行おうとする、いわば閉塞状況打開の“家庭の事情”をさらけ出すのは、あまりに稚拙。国益どころか、地域と周辺世界に不安定要因を生み出すこと必至だ。このたび、日本国際フォーラム「国家戦略研究会」の村上正泰幹事の報告「日本における戦略的思考の不在:日本はなぜ対米開戦に突き進んだのか」の「概要」、「報告」いずれも拝読したが、その「問題意識」のなかにある「憲法9条の前に思考停止に陥り」との表現に、貴重な教訓を感じ取った。そこで思い出したのが“大方向転換戦略”である。これもある種の思考停止だったと思えてならない。

 明治憲法は、欧州大陸法の流れに沿い改正に厳重な手続きを求めたが、それ以前に日本の宗教呪縛的な永久「不磨の大典」思想に包まれていた。改正条項はあったが、おそらくはなから改正など論外だったものと思う。現日本国憲法も、いま改正の必要はないと信じるが、「憲法は変え得るもの」という約束を国民が共有するのは当然と思う。「憲法9条の前に思考停止に陥り」こそ、いまも日本人に存在する「永久不磨」の発想だ。また村上幹事が指摘する「現実の日本は『である』論ではなく、『べき』論の情勢判断にとらわれている」も、永久不磨思考が根底にあるからではと、個人的には思う。よくあることだが、提案に対し自論主張のみで対抗し、自説に合わぬものは排除しようとするよりは、あらゆる選択肢を受け入れて考慮し、政策運用のヒントに回す柔軟さこそが、戦略的思考に必要だ。

 戦前、戦中日本の国家的欠陥は、まず「統帥権」乱用による軍部の暴走、独裁に尽きると思う。この統帥権も明治憲法上、また永久不磨のものであった。さらに食うや食わず時代を深刻に体験した戦後日本は、主権なき占領下で「情報鎖国状態」も無理からぬ状態。冷戦前夜の世界の動きに目を運ぶ余裕がなかったのだろう。その影響か、最近でさえもある新聞論調に「同じ敗戦国で同様に再軍備を迫られた当時の西ドイツ」との表現があったが、冷戦の脅威にさらされたドイツ連邦共和国(西ドイツ)がまず自ら再軍備を望んだのは歴史的事実。これに最後まで反対したのが戦勝国フランスで、「私はドイツが好きだ。だから(東西)二つもあるドイツは素晴らしい」との名言を吐いた同国知識人もいたほどだ。

 その冷戦時代のドイツ民主共和国(東ドイツ)はマルクス、エンゲルスの祖国とされ、東側世界で最高の生活水準を誇り、その指導層は「未来永劫、東西ドイツの統合はあり得ない」と言い切った。だが「再統一」で明らかになった東ドイツの実像は、秘密警察(シュタージ)の密告制度がはりめぐらされるなど、ナチス体制の尾を引き、急速な工業化も大規模環境汚染を生じさせていた。冷戦の終結はドイツ「再統一」から、さらにソ連邦の解体ともなった。何がそうさせたのか。個人的には、フランスのミッテラン大統領が80年代に「ヤルタ体制の終焉を」と呼びかけたとき、戦後体制の流れに変化が出たと感じた。ポーランド出身のローマ法王、ヨハネ・パウロ2世(1978ー2005年)の存在も、欧州大陸のその潮流、底流に合流したものと、いまは思える。
 
 思考停止、「べき」論に戻るが、この「べき論」も今日のみならず、日本ではより歴史的、悲しいかな普遍的思考ですらあるとも思う。またレトリックでいえば、「べき」論は政策論、「である」論は戦略論ともいえるのではないか。第2次大戦末期、ソ連の対日参戦を求めたチャーチル、ルーズベルトと、スターリンによるヤルタの密約についても、その情報を当時の日本は、日ソ中立条約にとらわれすぎ、「あるべきものではない」と遠ざけたのではなかろうか。ところで欧州で生活をすれば分かるのが、スイス人の民間、国家レベルでのビジネスの巧妙さである。このスイスを平和の砦、理想郷のように見立て、あこがれる日本人もかつて多かった。時代は飛んで現代、ストックホルムでのあのノーベル賞授賞式会場では、日本人受章者を日本語で紹介するシーンがあった。ながらく中立国だったスウェーデン得意の微笑外交でもあろう。この国もスイス同様、武装中立国として第2次大戦を最小の犠牲で乗り切り、いま福祉大国、また兵器ビジネスの国家でもある。
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