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2010-05-02 02:13
防衛省の分析・判断への根本的懸念
高峰 康修
岡崎研究所特別研究員
4月7日から23日にかけて、東シナ海から沖ノ鳥島近海の西太平洋において、中国海軍による「近年まれに見る規模の大きさ、期間の長さ」(中国人民解放軍の機関紙『解放軍報』)の遠洋訓練が実施されたのは、周知の通りである。この間、4月8日と21日に中国海軍の艦載ヘリが監視に当たっていた海自の護衛艦に対して、約90メートルの距離まで急接近して威嚇するという危険な行為を行っている。遠洋での行動能力の向上は、中国海軍の長期的な大戦略だが、この時期に、このような大胆な行動に出たのは、日米同盟の動揺が背景にあることは、論をまたない。
ところで、中国軍ヘリの海自護衛艦への急接近に関して、防衛省が「少なくとも8日に発生した事案は、ヘリのパイロットが艦隊司令部の指示を無視して強行したものであった」と分析している。そして、21日も同様だった可能性があるとしている。これが事実だとすれば、中国海軍の指揮命令系統に乱れがあることを意味する。しかし防衛省の分析は、外務省がヘリ急接近について中国側に抗議した際に、中国政府が「日本の監視活動に対する必要な防衛措置だった」と回答してきたことと、いささか整合性を欠くようにも思われる。防衛省の分析の通りならば、中国政府は軍規の乱れを追認したことになるからである。もっとも、中国政府の日本側への回答は、あくまでも対外的なものであり、別問題であると捉えるのが自然なのかもしれない。中国のような独裁で透明性に欠ける国の政軍関係は、把握するのが大変困難である。
防衛省内には「今回と同様な事態が起こって、中国の艦載ヘリ等が海自の護衛艦に接触したり、墜落するようなことがあれば、中国国内で反日世論が湧き上がることは間違いないから、事故防止のためのルール作りを急ぐ必要がある」という声が上がっているようである。事故防止のためのルール作り自体は、必ずしも頭から否定すべきことだとは思わないが、中国海軍が遠洋での作戦能力を向上し、第1列島線を脅かしにかかっているという根本的な事実こそが、まずもって目を向け、牽制すべきことである。こういう時の常套句は、米国が常に言っていることだが、中国軍の意図の不透明さへの懸念表明である。もちろん、結局は、自衛隊の同海域でのプレゼンスを高めるという実行が伴わなければならないが、口頭で執拗に懸念を表明することも不可欠なことである。
これなくして、防衛省内で出ているような事故防止のためのルール作りを急げば、中国の東シナ海から西太平洋へのプレゼンス強化を是認することになる。また、今回のヘリ急接近事案が、パイロットの独断で行なわれたということばかり強調するようなことがあれば、「中国政府の意図ではない」という印象を与え、中国の遠洋作戦能力向上という大戦略が霞んでしまうおそれがある。日本政府が、中国海軍の第1列島線突破を是認しているかのような印象を与えることは、中国の動きを増長させ、同盟国である米国の戦略とも齟齬を来すことになる。
そして、最後にもう一点、懸念を指摘しておきたい。すなわち、防衛省は「中国軍ヘリの海自護衛艦への急接近は、ヘリのパイロットが艦隊司令部の指示を無視して強行したものであった」と言っているが、それは一体どういう根拠に基づくのかということである。以下は、あくまで仮定に基づく話だが、もし防衛省の分析が、中国軍の通信傍受に基づくものであるならば、それは絶対に公開してはならないことである。そのようなことをすれば、我が国が中国軍の通信を傍受していることを、わざわざ知らせることになる。そうなると、中国軍は通信の傍受をより困難にする手段を講じる。これは、米国の対中国軍通信傍受にも悪影響を及ぼすおそれがあるため、日米同盟の文脈でも困ったことである。日本の情報管理に疑問符がつけば、どれだけ安全保障を損ねるかは、言うまでもないことであろう。
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