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2014-03-10 10:35
抑止力低下が招いたウクライナ危機
鍋嶋 敬三
評論家
オバマ大統領が「米国は世界の警察官にならない」と、第2次世界大戦後の米国が担ってきた国際秩序維持の役割の終わりを告げて、丁度半年。プーチン大統領の軍事力によるクリミア半島の実効支配が進み、ウクライナ危機はますます深刻化している。ロシアによって国土の5分の1を占領されていると非難するグルジアのサアカシビリ前大統領は、「自国民保護」を名目にしたヒトラー・ナチスによる1938年のチェコ・ズデーテン地方併合を例に取り、「確立した国際秩序が崩壊した時、大破局が起きる。ウクライナは最も鮮明な直近の証拠だ」と指摘した。「東西新冷戦」の兆しがうかがえる。
ウクライナ危機は米国の抑止力低下が招いた。1948年のソ連による「ベルリン封鎖」に対して、米英両国が軍事力を総動員した「大空輸作戦」は、ソ連の意図をくじいた。ベルリン「死守」に比べて、米国のウクライナに賭ける決意は弱いものに映る。「抑止」の概念について、米議会調査局の安全保障問題専門家キャサリン・デール氏は「潜在的な敵対国が費用対効果の計算の上で何らかの措置を取らないよう保証すること」と定義している。敵対国の意思を変えられる重要な要件として軍事力、経済力、政治的意思や国際的連帯などの組み合わせを例示した。軍事力、経済力でなおロシアの追随を許さない米国の抑止力が機能しなかったとすれば、ウクライナの主権と領土の一体性を死守するオバマ政権の政治的意思の弱さが主因に挙げられよう。
抑止が崩れれば、勢力の均衡が破れ、国際的な秩序の変動が加速する。米ハドソン研究所シニア・フェローのジャック・ディヴィッド氏は「ジャングルの掟が戻ってきた」と題する論文で、軍事費の大削減で敵対国との軍事力ギャップが埋まり、米国の軍事的優越が失われてきた事実を、ロシアや中国は見逃さない、と指摘した。米軍事費の劇的な削減を見て、ロシア、中国、イランや北朝鮮は間違いなく、侵略を食い止める米国の決意が減退した、と受け止めるだろう。従って、中国が東シナ海で管轄権を主張して海警や軍艦を動員することは、驚くに当たらず、ロシアによるクリミア半島の奪取は「一つの時代の終わり」を画するものだ、と同氏は断じている。
安倍晋三首相は、ロシアに対して国際法違反の主権・領土侵害を非難し、クリミア半島から軍隊の引き上げ、原状回復の主張を明確に突き付けるべきである。プーチン大統領を「ウラジミール」とファーストネームで呼び、5回の首脳会談で信頼関係を築いたと自負する安倍首相だが、1回も大統領に抗議の意思を直接伝えていない。G7(先進7カ国)声明で米欧と足並みをそろえるのが精一杯で、「各国の動きを勘案しながら適切に対応していく」(3月7日岸田文雄外相)など、優柔不断の印象を免れない。プーチン大統領の機嫌を損ねて北方領土交渉にマイナスの影響が出たら困る、と遠慮しているのなら大間違いである。その程度の「信頼関係」で領土交渉でロシアから譲歩を引き出せるとは想像もできない。そのような安倍首相の対露姿勢を尖閣奪取を虎視眈々と狙う中国は見逃さないだろう。
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