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2014-03-14 22:43
(連載1)プーチン政権のプロパガンダ五輪とウクライナ危機
河村 洋
外交評論家
ソチのオリンピックとパラリンピックは政治的に問題のある行事である。これは「プーチン氏の、プーチン氏による、プーチン氏のためのオリンピック」だからである。問題は同性愛者の人権にとどまらない。クレムリンが国家の誇りと威信を優先した陰で、会場周辺の住民の福利厚生が犠牲にされている。欧米諸国の首脳はロシアでの人権抑圧に対する懸念の意志表明として開会式への参加を見合わせたのに対し、日本は安倍晋三首相が西側同盟から突出して、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と二国間会談に臨み、中国との地政学的競合、平和条約の締結、東シベリアの資源開発を話し合った。今回のオリンピックおよびパラリンピックの政治的意味合いについて、6月に開催予定のG8と昨年11月から続くウクライナ情勢の不安定化を考慮に入れて考察したい。そして日本がロシアに対して西側民主主義同盟から突出した行動をとってしまえば、鳩山政権の犯した過ちを繰り返すことになるかもしれないことを議論したい。どのような理由があろうとも、こうした事態に陥れば、安倍政権は新たに制定した国家安全保障戦略で強調した民主主義の価値観と矛盾してしまう。
ソチ・オリンピックには2つの目的がある。第一は、ロシアの国力を国際舞台で誇示することであり、第二は、黒海地域への治安部隊の集中によって隣接するカフカスとウクライナに政治的あるいは軍事的な圧力をかけることである。とすれば、このオリンピックはクーベルタン男爵が掲げたスポーツを通じた友好の促進とはかけ離れたものであると言わざるを得ない。2012年のロンドン大会のような自由なオリンピックと、北京やソチのような国家主導の権威主義的なオリンピックの際立った違いについて述べたい。2008年の北京大会と同様に、2014年のソチ大会は専制国家の力を誇示するためのもので、自国民の福利厚生にはほとんど考慮が払われていない。オリンピック会場の建設のために、両大会では多くの住民が自分達の住処を追われたことはよく知られている。ヒューマン・ライツ・ウォッチはソチのスケート会場とクラースナヤ・ポリャーナのスキー会場の間にあるアクシュティールという山村で撮影したビデオを2013年12月29日に公表し「両会場を結ぶ高速道路と鉄道によって沿線住民の生活圏が分断されてしまった」と報じている。村人達は高速道路の反対側に行くために遠回りを余儀なくされている。道路建設によって日常生活のための井戸が干上がり、様々な環境劣化も起きている。ヒューマン・ライツ・ウォッチのヨーロッパ・中央アジア次長であるジェーン・ブキャナン氏は「そうした損失に対して村人が受ける補償は不十分だ」と述べている。プーチン氏は人民の福利厚生など眼中にはなく、世界の中でのロシアの力に執心している。
ソチや北京とは異なり、ロンドンでは住民の立ち退きや疎外といった問題はほとんど生じていない。何よりも大きな違いは、ソチと北京では国家権力が前面に出てきたのに対し、ロンドンではそうではなかった。それは共和党のミット・ロムニー大統領候補がロンドン大会について失言をした際に、これに真っ向から反論したのがエリザベス女王でもデービッド・キャメロン首相でもなく、ボリス・ジョンソン市長であったという事実に端的に表れている。市民主導のロンドン・オリンピックとは異なり、ソチも北京も馬鹿げたほどに大国症候群にかかっていた。英中露3ヶ国の国力をハード・パワーとソフト・パワーの様々な側面で比較してみると、大国の地位を盛んに喧伝するロシアと中国が喧伝をしないイギリスより必ずしも優位ではないことがわかる。両国とも人口と面積はイギリスよりはるかに巨大である。さらにロシアはアメリカに対抗できる核戦力を備えている。しかしロシアも中国も近年の急速な軍事力増強にもかかわらず、イギリスのような地球規模の戦力投射能力はない。中国の総体としての経済規模はアメリカと競合するほど巨大かも知れないが、国民一人当たりの所得ともなるとG8諸国にはまるで及ばない。さらに言えば、一体誰が英米系のブランドを差し置いてロシアや中国のブランドを買うのだろうか?ソフト・パワーではイギリスの方が中露両国より圧倒的に優位である。中国政府が運営する英字紙「グローバル・タイムズ」は、昨年12月初旬のキャメロン首相の訪中に際してイギリスを矮小化する記事を掲載したが、中国が第二次世界大戦をめぐる歴史認識や尖閣諸島の領有権での反日キャンペーンで頼りにしているのは英米系のメディアである。そうした観点からすれば、オリンピックおよびパラリンピックでこれ見よがしに大国の地位を誇示する中露両専制国家の態度は馬鹿げている。
巨額の予算をかけたソチ・オリンピックは同性愛者の権利よりも深刻な問題をはらんでいることも述べたい。安倍首相がロシアに対して西側同盟から突出した行動に出たことは、ウクライナ危機が現在ほど深刻化する以前からすでに問題であった。ソチがどれほど奇妙なオリンピックであったかは、訪問者に対するホスピタリティーからもよくわかる。海外から訪れた訪問客はソチでの自分達の宿泊施設の水道やトイレの整備について、ツイッターで不満を漏らしていた。ソチの施設の建設労働者達が利用客にはほとんど考慮を払わず、建設を急ぐプーチン氏を満足させることばかり考えていたことは明らかである。これはソ連時代の中央統制的な思考様式の典型であり、とても「おもてなし」など眼中にはないものである。ロンドンではこうした事態は見られなかった。このようにあらゆる観点から見て、ソチはオリンピックおよびパラリンピックを主催するにはあまりにも抑圧的な開催地なのである。(つづく)
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河村 洋 2014-03-15 13:08
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