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2007-02-04 21:40
日韓の経済学とマクロ計量モデルの普及
池尾愛子
早稲田大学教授
四条秀雄さんが1月18日の投稿で「日本の高度成長は、マルクス主義の影響を受けた日米の官僚・学者が産業連関表などのツールを駆使して経済的資源をかなり計画的に動員した一面がありますが、結局今に至っても政府の市場への介入癖は直りません。韓国の高度成長は日本に倣ったものでしたが、やはり軍政から民政への移行に際してマルクス主義の影響が強く残りすぎ、失敗しつつあります」と指摘しておられることについて、関連する情報を提供する形でコメントをしておきたい。私は1995-99年にかけて、日本の経済学について統計データを利用した国際比較研究を組織し、1997年には韓国と日本の経済学を比較するフォーラムやセミナーを開催して、韓国とアメリカから韓国籍の経済学者を招いて発表していただいたことがある。多少専門的な内容になるかもしれないが、誤解は解消しておきたいと思うので、ご容赦願いたい。
まず、市場経済を採用する国々が「経済計画」を作成し始めたのは、第2次世界大戦後に経済復興をめざしたときであった。最初はオランダで作成され、物理学畑出身の経済学者ヤン・ティンバーゲン(第1回ノーベル経済学賞受賞者の1人)のリーダーシップが大きかった。他のヨーロッパ諸国でも、アメリカのマーシャル・プラン(ヨーロッパ復興援助計画)を受け入れたときに、どのようにその援助を利用して「自立可能な状態」にたどりつくかを示す整合的な5ヶ年計画を作成することが要請された。要するに、アメリカは自国では経済計画を作成したこともなく、作成する意図もなかったが、援助対象国には経済計画の作成を義務づけたのである。そしてより一般的には、途上国が外国から開発援助を受けるときに、「健全で効率的な開発計画」が立てられていることが望まれるようになっていく。マクロ計量モデルの世界的普及には国連の活動に協力したティンバーゲンの功績が大きく、彼は各地の経済学者たちと共同で地域経済モデルを開発するなどしたので、「経済学のティンバーゲン化」をもたらしたと主張するオランダ人たちがいるくらいである。
次に、日本の「経済計画」(実際は「経済見通し」と呼ぶべきもの)において、マクロ計量経済モデルと産業連関表が初めて用いられたのは、「中期経済計画」(1965年) の策定時である。(中国でいま参考にされているらしい)「国民所得倍増計画」(1960年)では、所望の成長率を達成するのに必要な条件を考察するという想定成長率法がとられ、マクロ的計画数値と産業部門の数値のあいだの関係は問われなかった。計画期間が始まってすぐに、重化学工業化の規模と投資需要の想定に整合性を欠き、計画数値自体に問題があることが判明した。そこで、「国民所得倍増計画」の残された期間について「中期経済計画」が策定されることになり、初めてマクロ計量モデルが全面的に利用されることになった。その中心になったのはアメリカ帰りの経済学者たちで、最新のコンピュータを用いて「中期マクロモデル」と「産業連関モデル」を開発したのであった。それに対して、当時の日本のマルクス経済学者たちはこうした技術的な実証研究にはほとんど関心を示さなかったといってよい(『日本の経済学と経済学者』日本経済評論社、1999年)。
ただし当初は、計量モデルから算出されたものにもかかわらず、計画数値が政治的に動かされることがあり、1960年代後半には経済学者たちによる「経済計画」批判が相次いだ。他方で1970年代になると経済構造の変化により、1960年代の日本経済を基礎にしたマクロ計量モデルによる経済成長予測ははずれた。1980年になって、「マクロ計量モデルの利用によって、計画諸変数間の斉合性のチェック、政策効果の定量的把握、計画の事後的な分析・評価が可能になった」と評価されるに至り、日本では、経済予測以外の場面でのマクロ計量モデルへの信頼が定着したといえる。
最後に1997年のセミナーでは、コリア(Korea)の経済学は、1945年あたりまでは日本の学界状況とよく似ていて、マルクス経済学者もかなりいたと報告された。しかし、マルクス経済学者たちは1948年になると北朝鮮に行ったので韓国にはほとんど残らず、その後、韓国ではアメリカの大学院で経済学博士号を取得して帰国する人たちが増えて、「経済学のアメリカ化」とよぶべき現象が起こっていったことが示された。2006年に韓国の研究者に聞くと、「経済学のアメリカ化」がいっそう進んだだけではなく、「経営学のアメリカ化」も始まっているようであった。経済学等に関しては、韓国は日本と比較にならないほどアメリカの影響を深く受けてきたのである。
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四条秀雄 2007-01-18 23:58
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